お品書き【四】 おはぎ ~別れるその日まで~

19/21
前へ
/172ページ
次へ
「あぁっ……」 嗚咽混じりに泣き出したお客様は、天井を仰ぎながら声を押し殺すようにしていた。 抱え切れないほどの悲しみが涙になるのを見ているだけで、私の瞳からも同じように大粒の雫が零れていく。 「……っ! どうして気づかなかったんだろう……」 しばらく経ってから、お客様は掠れた声を絞り出すようにごちた。 そっと雨天様に向き直ったお客様が、涙で濡れた表情を和らげていった。 「あいつも、彼女も……そういう優しい人でした……」 微かに笑みを浮かべたお客様に、雨天様もそっと笑みを零したあと、ゆっくりと頷いていた。 「ありがとうございます。あなたが教えてくださらなかったら、私は大切なことを忘れたままだったかもしれません……」 「いいえ。私はなにもしておりません」 なんでもないと言うように返した雨天様に、お客様が小さく笑う。 それから、おはぎの存在を思い出したかのように視線を落とし、おずおずと開口した。 「……これ、いただいてもいいですか?」 「もちろんでございます。お客様のためにご用意させていただいたものですから」 お客様は「いただきます」と言ってから、おはぎを切って口に運んだ。
/172ページ

最初のコメントを投稿しよう!

344人が本棚に入れています
本棚に追加