お品書き【五】 上生菓子 ~神様からの贈り物~

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「あ、ごめん。まだ起きたばっかりで」 『そうか。新幹線は午後だったか? 忘れ物するなよ。あと、戸締りはちゃんと確認してくれよ』 「うん、わかってる」 『そういえば、今日までなにしてたんだ?』 「え?」 『なにかあったら連絡してくるだろうと思ってはいたが、結局なにも言って来なかったから……』 お父さんが心配してくれていたんだとわかったけれど、質問の答えはすぐに出てこなかった。 そういえば、金沢に来てからなにをしていたんだろう。 考えても、不可解なくらい思い出せない。 『おいおい、大丈夫か? まさか、ずっとおばあちゃん家に引きこもってたのか?』 「ううん、違うよ」 不思議とすぐに否定の言葉が出て来たけれど、やっぱりこの二週間のことはあまり記憶にない。 だけど、なぜか不安も恐怖も芽生えなくて、あまつさえ答えがわからなくてもいいように思えて、むしろすっきりとしている心なんて安堵感と幸福感に包まれている。 「とりあえず、すごく楽しかった気がする」 なんだか長い夢を見ていたような感覚と、清々しい気持ち。 心はここに来た時とは比べものにならないほどに軽く、あんなにも涸れないような気がしていた涙は出てくる気配すらない。
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