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傘を差し始めた周囲の人と同じように折り畳み傘を出そうとした瞬間、手に持っていた小さな傘と自前のスズランの花束が視界に入ってきた。
一瞬だけ悩んだけれど、お気に入りの折り畳み傘と同じくらい大切な青い傘を広げてみた。
ひがし茶屋街からバス停までは、そう遠くはない。
子ども用の傘だけれど、道行く人たちは加賀百万石の美しい城下町に夢中で、私の傘なんてたいして眼中にないはず。
「まぁいっか」
微かな笑い声と誰にも聞こえないくらいのひとり言を零し、懐かしさを纏った小さな傘を差すことにした。
曇り空と雨を隠すように頭上で広げた傘は、まるで青空からスズランの花が降ってくるみたい。
『ひかりちゃん、金沢を含む北陸地方の一部には〝弁当忘れても傘忘れるな〟ってことわざがあるくらいなのよ。だから、とびきり可愛い傘を持っておく方がいいと思わない?』
この傘を買う時、私よりも真剣に選んでいたおばあちゃんは、確かそんなことを言っていた。
それを思い出して空を仰げば、おばあちゃんが嬉しそうにしているような気がして、自然と笑みが零れ落ちていた。
『ひかり、幸せであれ』
誰かがそう囁いたことにも、この雨が神様からの贈り物だということにも、私は気づいていなかったけれど……。
おばあちゃんが大好きだった雨に優しく見送られるように、たくさんの思い出が詰まったひがし茶屋街を後にした――。
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