お品書き【三】 栗羊羹 ~神様たちと過ごす日々~

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バス停からどんどん路地に入って行き、十五分ほど歩いて着いたのは、古い日本家屋風の建物の前だった。 建物の前で丁寧に一礼をしたコンくんは、「ごめんくださいませ」と言ってから、古びた格子造りのドアを開けた。 「おや、コンじゃないか。いらっしゃい」 「こんにちは、猪俣(いのまた)様」 「今日はデートかい?」 「いえ、こちらの方はうちのお客様なのですが……」 「なんだ、成仏できなかった奴か」 「猪俣様、ひかり様は人間です。それに、何度も言っておりますが、成仏ではなく〝あるべき場所にお帰りになられる〟のです」 「冗談だよ、まったく。コンは、相変わらず冗談が通じないな」 真っ白の髪を撫でた男性は、七十歳を過ぎていそうだけれど、とても元気だし、笑い方も豪快だった。 ふたりのやり取りに呆気に取られそうになっていた私に、不意に皺塗れの手が差し出された。 「猪俣だ。コンは、うちのお得意さんでね。ひかりちゃんって言ったかい? よろしく」 「あ、はい。桜庭(さくらば)ひかりです。よろしくお願いします」 その手を握って頭を下げると、「そんなに丁寧に挨拶してくれなくても構わないよ」と笑われてしまった。 程なくして、コンくんは猪俣さんに小豆と金箔を用意してもらい、それを受け取ったあとでずっと背負っていた風呂敷を下ろした。
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