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至って変哲のない長閑な町並みが広がる住宅街、その一角にある古びた木製の奥屋にその青年はいた。
短くも長くもない黒髪に黒目がちな眼。特徴という特徴がないというある意味特徴的な顔をしたその青年はただ真正面を見据えていた。
家具らしきものも存在しない殺風景な部屋の中、そこには青年の他にもう一人の人物が存在していた。――青年だけが見ることが出来る映像と言った方が適切なのかもしれない。
その映像はまるであたかもそこに実在するかのようにとある人物の姿を写し出していた。柔らかい茶髪にどこか優しげな眼差しをしたその若い白衣の男は、目の前の青年を見据えたまま『健太くん』と青年の名前を呼ぶ。
健太くん、佐藤健太。それが青年の平凡な名前だった。
目の前の白衣の男を見据えたまま、佐藤は「はい」と返事をする。その返事に、白衣の男は満足そうに微笑む。
『君の仕事はなにか言ってごらん』
「ここにやってきたお客様を無事外の世界に返すことです」
『違う違う、“この世界に召喚された選ばれた勇者たちを育てあげ世界の平和を脅かす魔王を倒す”だって言ったじゃないか』
「いえ、でも博士……俺は生徒の補習をサポートすることだと伺いました」
『建前はね、建前は。せっかくこんなに作り込んだんだから旅先案内人である君がそんな現実思考じゃ盛り上がるものも盛り上がらないだろう。夢を持たせなきゃ、夢を』
博士と呼ばれた白衣の男はやれやれと肩を竦める。そんな博士に、佐藤は「そうですか」とだけ答える。そんな興味なさそうな佐藤の反応に博士はむっとするのだ。
『だからなんで君はそんなノリが悪いんだ。……ああ、親しみやすいよう平均的な人間をモデリングしたのが悪かったかな。やる気がなさすぎる。どうせならやっぱ僕はこうメカメカした感じのがよかったんだけどね、ロケットパンチ出しちゃうような』
「あくまでも俺は非戦闘型サポート用アンドロイドです。それに旅先案内人が戦ったら補習の意味がないじゃないですか」
『あーあ、やだやだ。やっぱあいつに教育任せなきゃよかった。ユーモアは大切だよ、学習しといてね』
「サポートするのにユーモアは必要ありません」
あくまでも譲ろうとしない佐藤もとい非戦闘型サポート用アンドロイド。その目的としては正しく機能しているのだろうから余計複雑だ。博士は『君は本当堅いな』と肩を竦める。
『まあいいや。この仕事でその機械仕掛けのかったい脳味噌を解しておいでよ。今回の仕事はこれからやってくる学生たちの補習もだけど、健太くん。君の試運転の目的もあるからね』
「……」
『この仕事は君にとっても重要だよ。しっかり生徒たちの性根を叩き直して再調きょ……教育してあげなさい』
そう柔らかい笑顔を浮かべる博士。所々問題発言が聞こえたが、佐藤は特に指摘するわけでもなくただ冷めた目で目の前の男を見ていた。
そんな冷めた佐藤の視線を気にするわけでもなく、博士はふと懐かしそうに微笑む。
『そう、彼らは僕の……』
そう、博士がなにか言おうとしたときだった。
佐藤の視界に映し出された博士の映像にノイズが走り、その耳障りのいい柔らかい声にジジジと雑音が混じる。それは、遠くにいる博士の方も同じようだ。
『ああ、残念だね健太くん。時間だ』
本当に残念がっているのか疑いたくなるほどの朗らかな笑みを浮かべた博士は『もうすぐ彼らがそちらに行くはずだろう。どうか、最後まで頑張ってくれ』と雑音混じりの機械音声で続ける。
彼ら。どうやらこの電波障害は訪問者の到来によって起きているようだ。
益々聞き取りにくくなる博士の声だが、些細な物音まで聞き取ることの出来る聴覚を持った佐藤にとって特に気になるほどのものではない。博士の言葉を理解した佐藤は乱れる博士の映像を眺めたまま力強く頷いてみせた。
「わかりました。この佐藤健太、全力でサポートさせていただきます」
『ふふ、期待してるよ』
その佐藤の言葉に博士は満足そうに笑った。
『ああでもやっぱり、佐藤健太って名前はださないなあ』
「余計なお世話です」
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