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閻魔ヶ刻学園が魔力強化のために導入した補習システム、その目的は魔王を倒すことが出来るレベルまで上げることだ。
魔王を倒さない限り一生この電脳箱庭から脱出は不可能だと佐藤は続ける。
閻魔ヶ刻学園にとって今回の補習は一種の賭けであり、最終手段でもあった。少なくとも、佐藤はそう聞かされている。そのことを四人に説明すれば、どうやら補習生たちにも学園の方から説明があったようだ。補習生たちの反応は薄い。
――約一名を除いて。
「不可能って……おかしいだろ、そんなの……ッ!」
青褪め、取り乱すのは頸城万里――彼一人だった。
どうやら彼には説明が行き渡っていなかったようだ。世界の終わりのような顔をして頭を抱える頸城のその横、髪の毛を弄っていた因幡樂は「なるほどねえ」と興味無さそうに呟く。
「じゃあ僕たちが一生魔王を倒さなければ学園に帰ることも出来ず、この世界で過ごさなければならないということかな」
「そうですね」
「へえ、なら俺それでいいや」
因幡と佐藤のやり取りにそう口を挟んだのは伯万玄竜だ。
「……伯万さん、今なんと?」
「お前ロボのくせに耳悪いのか? 俺は別にどうでもいいっつってんの」
「………………」
「だってレベル上げとか魔王討伐とか面倒臭いじゃん? 勉強すんの飽きてたし、こっちのが現実世界よりも楽できて楽しそうだしさ」
典型的道楽息子だ。伯万の両親も率先して自分たちの息子を電脳世界へ連れて行くことを許可したと聞いた。それも「この馬鹿息子の根性を叩き直してくれ」と泣きついてまでだ。
ある程度想像していたものの、悲観的になるどころかどこまでも後ろ向きに前向きなその姿勢は佐藤にとっては厄介以外の何者でもない。
責任をもって指導する。補習生たちの監督でもある佐藤は「残念ながらそういうわけにはいきません」と伯万に真っ向から現実を突き付ける。
「確かに、この世界でいくら負傷しようとも宿屋や薬草などの道具がある限り復活します。しかし、タダではないのです。どの施設も道具も金銭が無ければ使用することは出来ません」
「だから金貯めればいいんだろ?」
「そうですね。金銭はモンスターを倒したりギルドで依頼を受けることによって手に入れることが出来ます」
「経験値と一緒に」伯万が魔王討伐に興味があろうとなかろうと、レベルを上げなければならないように作られたこの世界。
「あーあ、面倒くせ。でもさ、ようするに怪我するようなことをしなきゃいいだろ?」
「……学園側はそういう問題を解消するために『強制イベント』を用意してます」
「……強制イベント?」
「定期的にモンスターから襲撃され、その襲撃者たちのレベルも滞在期間に合わせて成長していくようなシステムになっております。つまり……」
「もし、伯万君の言ったとおりレベルも上げずに戦闘を避けてゴロゴロしていると一方的に嬲り殺しにされるというわけだね?」
自分の言いたいことを代弁する因幡に、佐藤は「ご明察」と視線だけを向ける。
対する伯万は「はあ?」と呆れたように顔をしかめた。
「話がちげえだろ、学園側は俺らを殺すつもりなのか? そんな話聞いてねえぞ!」
「ですが、最終ボスを倒さない限り脱出もできず最悪死ぬ危険性のある補習だという説明は聞いていたはず」
「……っ、それは……でも意味合いは……」
「……何かを勘違いしているようですが、貴方がたのような落ちこぼれに拒否権などございません。……泣いても喚いてもやるべきことはただ一つ、貴方がたにはボスを倒して現実世界へと帰還していただきます」
有無を言わせない佐藤の言葉に補習生たちは黙り込んだ。部屋の中に静寂が流れる。
そんな中、ただ一人先程まで黙って傍観していた男――三十三が「あの、質問なんですけど」と手を上げる。
「はい、なんでしょう三十三さん」
「お腹が減りました。お昼っていつからですか?」
「…………」
言いながら、薄い腹部を擦る三十三。人の話をちゃんと聞いていたのか、もしかしたらずっと食事のことを考えていたのか。補習生からは見れないサポート用ステータスを表示すれば、確かに三十三は空腹状態になっていた。他の三人も大分満腹からは離れた健康状態となっている。
「わかりました、……では一旦話を止め町に出ましょうか。皆様のような青少年は腹になにも入らないと頭にもなにも入らないとお聞きしました。今回は特別に俺のポケットマネーから奢らせていただきます」
「奢るって……食べんのにも金かかるのかよ」
「あなた方の世界でも無銭飲食は許されていないでしょう。それと同じです」
「ゲームの世界なんだから良いんだろ、普通」
「働かざる者食うべからずと言う言葉をご存知ではないのですか?」
「……このアンドロイド、いちいち嫌味ったらしいな」
伯万の言葉を無視し、佐藤は補習たちへと向き直る。
「では向かいましょうか。……ついでに俺からこの第1エリアについても説明させていただきましょう」
なんたって、そのために自分は用意されたのだ。
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