腹減ってんの?

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 親友が死んだ。  まだ高校生という若さで、運悪く交通事故に巻き込まれたらしい。  あいつの死を信じられないまま出た葬式で、棺の中に横たわる姿を見た。幸い顔は綺麗なままで、死ぬほどの事故にあってなんでだよ、と思った。  確かに親友は死んだ、はずだった。 「なぁ、聞いてた? 俺の話」 「……え?」 「あのさぁ、もうちょい集中してくんない? こっちは生死がかかってるわけ」  呆れたというようにため息を吐いたそいつは俺と同じ制服を着て、ファストフード店の味気ないポテトを摘む。どこからどう見ても、死んだはずの、俺の親友だった。 「いや、いきなり生き返りました、なんて言われても……どうすりゃいいかわかんねぇよ」 「まぁそりゃそうだよな。でも不思議なんだよなー、親とか学校の奴らは俺が死んだってこと忘れてるのに、秋二だけ覚えてんだもん」 「ほんと、謎だよな……みんな葬式で泣いてたのに」 「なぁなぁ、秋二は? 秋二は俺の葬式で泣いた?」 「……うっせ」  泣いたんだぁと笑うそいつから視線を外し、薄くなったジンジャーエールをすする。  親友──康平は、またポテトを食べると、少し声を落とした。 「それで、信じてくれんの? さっきのこと……」 「あー、なんかお前が、生き返ったらヒトじゃなくなってたって話か」 「ヒトじゃないっていうか、インキュバスな」  インキュバス。名前は聞いたことがある。たしか悪魔だったか、と思い返しながら、康平をまじまじと見る。  悪魔になったわりに、翼も尻尾もなく、俺が知る康平の姿のままだった。だから突然悪魔になっただなんて言われても、困惑するだけだ。  そんなのおかしいだろ、と否定はしないがすぐに信じきることが出来ない。 「それで、俺、人に触れることで養分を得るみたいなんだわ。だからその相手を見つけなきゃいけないわけ」 「……なぁ、それってなんでわかんの?」 「なんでって、なんとなくかなぁ……秋二だって腹減ったらなんか食わなきゃって思うだろ?」 「まーな……」  そういうもんなのか。わかったようなわからないような感覚で頷く俺に、康平は囁くように続けた。 「あそこに座ってる子とかどうかな?」 「は?」  まさかもう相手探しが始まっているとは思ってなかった俺は、戸惑いながら康平の視線の先を見る。  少し離れた席に座る大学生らしき女性がスマホを弄っていた。 「あのさ、よく見ろよ。薬指に指輪してるだろ」 「え、うそ、ほんとだ。秋二よく見てんなー。じゃああっちの店員さんは?」 「店員まで入んのかよ……」  今度はレジで会計中の店員に視線が移る。歳は俺らと同じくらいだろうか、ポニーテールで活発そうな印象だ。 「あー、あの子さっき別の店員とメシ行く約束してたぞ」 「えー、そういう感じか……じゃああそこの他校生は?」  次に康平が顔を向けたのは、近所の高校の制服を着た生徒だった。俺らと同じようにポテトをつまみながら友達と話している。 「うーん、なんかもう付き合ってるやついそうじゃね?」 「秋二、おまえさ、協力する気ある?」  さすがにあからさまだったのか、康平は頬杖をつき不満を顕にする。協力する気なんて最初から無かったが、このまま正直に言うと本格的に怒りそうで俺は言葉を探した。 「……その相手って、俺じゃダメなのかよ」 「は?」  康平が死ぬ前から、ずっと秘めていた気持ちを吐き出す。怖さはあったが、今言わなければ康平は他の相手を見つけてしまう。  康平が俺以外を選ぶ。その方が怖かった。 「冗談とかじゃないからな」 「え、あー、え?」  頬と首が熱いし、いっきに汗が吹き出す。そんな俺を見て、康平の頬も赤みを増していった。 「なんでお前が赤くなんだよ……」 「秋二のがうつったんだって」  喉がカラカラなのに少しも動けなくて、俺はただ、自分の指先を見ていた。 「……俺も、こんな体になったって知って、最初に相手に思いついたのが、秋二だったり……」  耳を疑う言葉が聞こえて、顔を上げる。視線をさまよわせる康平は、俺と同じくらい緊張していた。  康平の言葉はいまだに信じられないけど、嬉しさと気恥しさが胸に込み上げてくる。 「康平、腹減ってんの?」 「え?」  つまんでいたポテトでは満たされない飢えが今あるのか、俺は改めて確認する。ファストフード店で訊いてもどうしようもないが、もし康平が許してくれるなら──。 「腹を満たす方法ってどんなんだよ」 「えーと、まぁ、あれだ……き、キス、とか」 「……この後、俺ん家来るか?」 「え、あ、うん」 「キスで足りんのか? 俺は違うこともしてもいいけど……」 「はあ?!」 「声でけーよ」 「いや、だってお前……」  相変わらずふたりの顔から熱は引かない。  康平には悪いが期待してしまう俺はついテーブルの上の手に触れる。すると肩をビクッと震わせた康平は勢いよく立ち上がった。 「お、俺、片付けてくる!」  ゴミを乗せたトレーを持つと、康平は返却口に向かう。頭の中があいつに触れることに占められた俺は、ふたり分のリュックサックを持つと、康平の後を追った。  触れ合うことで満たされるのは康平か、それとも俺だろうか。
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