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誰が誰と結婚するというのだろう。
結婚の話が出ていたのは紗耶香さんじゃないの?
「壱都さん。そろそろ、お時間が……」
車の中から、スーツを着た男の人が現れた。
やれやれと壱都さんは溜息を吐き、またあの胡散臭い笑みを浮かべた。
「忙しいのも困りものだね。ゆっくり話もできない」
す、と目を細めた。
綺麗なせいか、威圧感が半端ない。
思わず、後ろに下がると逃がさないというように腕を掴まれてしまった。
壱都さんは私の体を軽々と抱き寄せる。
「な、なにするんですか!」
笑った息が耳にかかってくすぐったい。
「それじゃあ、また。婚約者殿」
耳元でそう囁いたかと思うと、唇が一瞬だけ触れた。
「……っ!」
「浮気はしないようにね。マフィン、おいしかったよ。ごちそうさま」
そう言って、壱都さんは笑いながら車に乗った。
手を離され、もう自由なはずなのに石みたいに固まったまま、その場から動けなかった。
そんな私をあわれむように運転席に座った男の人がすみません、とこちらに軽く頭を下げるけど、壱都さんのほうは平然としたまま。
車が動きだし、見えなくなるまで私はその姿を見送った。
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