婚約者【壱都】

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薔薇の花が好きだった曾祖父の妻のために洋式の家と庭にしたと聞いている。 窓にはステンドグラス、天井にはシャンデリアというレトロな内装は白河家の歴史を感じさせた。 「遅かったな」 ダイニングルームに入ると祖父がすでにワインを飲み、両親は兄が揃い、俺を待っていた。 一番遅くきた俺を(とが)めるかのように父親がちらりと横目で見ているが、それを無視して席に座った。 これが、長男の克麻なら『仕事か。ご苦労様』という態度なのだから、末っ子というのは損なものだ。 「井垣(いがき)に行って参りました」 祖父は気に入っているイギリスのオーダーメイドスーツを身に付け、メガネのフレームと時計にもダイヤモンドを埋め込み、グレーの髪はほつれひとつなく、きっちりかためている。 背筋をしゃんと伸ばし、ワイングラスをかたむける祖父はまだまだ物欲旺盛。 長生きしそうだ。 「なるほど。ずいぶん長く話し込んだな」 「久しぶりにお会いしたので会話が弾んだんですよ」 「お前は実の祖父より井垣のほうが好きだからな」 俺だけじゃなく、他の人間もだろうよと心の中で悪態をついた。
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