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さすがに父は見抜いていたか。
簡単には騙されない。
兄達の目も俺には厳しい。
隙あらば、白河財閥社長の座を奪い取ってやろうと思っていたことがバレていたようだ。
自分の野心を隠せないようじゃ、俺もまだまだだな。
まあ―――数年後には父や兄達が驚くことになるだろう。
井垣の娘と婚約したことは井垣会長と秘書の樫村以外、誰も知らない。
結婚するまでには俺も力をつけなければならない。
自分のためにも。
そして、婚約者である彼女のためにも。
「ご期待に沿えるよう海外支店で頑張ってきますよ」
心にもないことを言ってから、あの平凡な婚約者の顔が頭によぎった。
いまさらながら、自分のハンカチを受け取るのを忘れていたな、と思い出していた。
忘れるなんて、自分らしくもない失敗だった。
少しは俺も憎からず、彼女のことを思っている。
これが、いつか愛に変わるのだろうか。
俺は彼女の唇に触れた感触を思いだし、一人笑った。
白河の人間がそんな甘い気持ちを抱くとは思えずにいた。
まだこの時は井垣朱加里という無欲な存在を俺は理解してなかった。
そして、この後、思い知ることになる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
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