婚約者【壱都】

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―――おかしい。 俺は婚約したはずだ。 それなのになんだこれは? 『拝啓 陽春の頃、ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。 平素はわたくしの祖父が格別のお引き立てを賜り、厚くお礼申し上げます。さて、わたくしの留学の件ですが、滞在期間も短くそちらにお伺いするのは難しく思われます。 末筆ながら一層のご発展をお祈り申し上げます』 仕事のメールと間違えたかな?そう思い何度か確認したが、井垣朱加里と書いてある。 間違いない。 彼女だ。 大学に入学したと聞いたから、お祝いのメールを送ったのだが返ってきたメールがこれ。 イギリスに短期留学することを井垣会長の秘書から連絡を受けて知った。 だから、てっきり俺と会うものだと思っていた。 いや、普通はそうだろう? 周囲には秘密の婚約者。 しかし、海外での俺達は誰も気にすることなく、会えるのだ。 会わないというほうが不自然じゃないか? 『よろしければ、こちらに立ち寄ってはいかがですか?観光でも買い物でもお付き合いしますよ』 ―――という俺なりの優しい言葉(メール)をかけたつもりだ。 婚約者だからな。
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