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「元気ナイネ?オ腹空イテイルノ?」
モリアさんだ。
更衣室で着替えながらモリアさんは俺の顔をじっと見つめていた。
たとえ熱の籠らない瞳であったとしてもじっと見つめられると恥ずかしくて頬が赤くなる。
モリアさんの顔は無表情だけど、俺の事を少しでも気にかけてくれているんだと思うと嬉しかったんだ。
やっぱりこれって――――。
「――――俺…」
口を開いた途端モリアさんの大きな手によって塞がれて、最後まで言う事は叶わなかった。
そしてそのまま抱き寄せられて、モリアさんの体温に心臓が煩く騒ぎ出す。
服越しに伝わるモリアさんの鼓動も俺と同じくらい強く早い。
モリアさんも俺の事……?
うっとりとモリアさんの胸に顔を埋め幸せに浸っていたが一向に動かないモリアさん。
あのモリアさんも照れてるのかな?
俺は淡い期待を持ってこっそりとモリアさんの顔を伺ってみた。
だけど、期待に反してモリアさんは部屋の外を警戒しているようで、じっとドアを見つめていた。
そこで初めて俺も外の様子がおかしい事に気づく。
物が倒れ何かが壊れる音がする。
怒号が飛び交い騒がしくなる店内。
「摘発だー!」
ドアの向こうから聞こえてくる喧噪。
さっきとは別のドキドキで身体が動かなくなる。
摘発…?そうだここは風俗店だった…。
俺、捕まったら……。
どうすれば……。
母さん――、父さん―――っ。
モリアさんの腕の中で目を瞑りカタカタと震えていると、一度だけぎゅっと抱きしめられすぐにその身体は離れていった。
行かないで、とその温もりを追うように手を伸ばす。その手はしっかりと掴まれて、ほっと安心するが部屋の外の音が段々近づいてきている事に気づき再び青ざめた。
「逃ゲルヨ?」
「え、は――はいっ」
モリアさんは無表情のまま俺の手を引き窓から外へと飛び出した。
俺たちは後ろを振り返る事なく夜の街を走り抜けた。
さっきまでの不安や恐怖がどこかへ消えて、楽しいとさえ思ってしまった。
モリアさんと二人、まるで愛の逃避行のようだった。黒重ログ様(@bydo3ob)からいただいた挿絵です🌸
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