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幸明
いつもは駐車場に父親の軽が1台停まっているだけだが、高級車が停まっている。兄の明が帰省しているようだ。朝出るときには居なかったので、今日帰ってきたのだろう。
兄の明は1つ年上の44歳。10年以上、一緒に並んで歩いてはいないが、恐らくその場合、兄弟を逆転して見られるだろう。明は若くてハンサムだ。スタイルも良く、ファッションセンスも良い。一流企業に勤め、昨年の4月に部長に昇進したというのを母親が知り合いへ自慢気に話していた。正は学生時代から全てにおいて劣っていた。勉強、スポーツ、ルックス、女性関係、仕事関係、金銭面、何1つ勝っていない。ただ、金銭面では今日生まれて初めて並んだ。ちょっとした事、しかも、間違いで雲の上に霞んでいた兄と並んだのだ。
正は挨拶もせず2階の自分の部屋へ上がった。ドアにつけたセロテープを確認し、鍵を開けて部屋に入った。
正は部屋を出るときに鍵を閉めたうえに、ドアの適当な場所3ヶ所にセロテープを貼る。誰かが入ってないのを確認する為だ。もし、誰かが入っていれば、セロテープが剥がれるという簡易的なものだ。
部屋に入ると鍵を閉めた。
明が2階の足音に気付いて話す。
「ん? 正の奴帰ってきたんじゃないか?」
母親が話す。
「良いのよ、あの子は……」
父親が話す。
「まあ、正は可哀想なのかもな。明と常に比べられてきたから、あんな風になっちゃったのかも知れないな。そもそも、正は勉強もスポーツもソコソコ出来ていたんだ。明が出来過ぎた為にやる気を無くしてしまったんだろう」
「まあ、久々なんだ、挨拶だけでもしておくよ」
そう言うと、明は2階へ上がった。
コンコンコン
「はい」
「やあ、明だよ。元気してるか」
「ああ、すこぶる元気だ」
「気が向いたら下りてきてくれ。久々に話もしたい」
正は返事もしない。明も下りてこないのは分かっているのだろう。しばらくすると、何も言わずに階段を降りる音が聞こえてきた。
(普段でも下りないのに、今、アイツらの相手してる場合じゃない。この金の使い道を考えないと……)
正はリュックサックを確認した。袋を取り出し、中を見る。何度見ても夢じゃないかと思う。正は紙袋6つを綺麗に札束の形に折り畳む。そんなに几帳面な性格でもないが、大金となると話が変わってくる。
正はバイト先のコンビニ店長へ電話を掛けた。
「もしもし」
「もしもし、幸です」
「どうかしましたか?」
「バイト辞めることになりました」
「……そうか……いつから?」
「明日から行けません」
「えっ! そんな急に……」
「お世話になりました」
「いや、シフト調整とか……」
正は店長の話も聞かず電話を切った。直ぐに着信があるが無視する。時給9百円のバイトにもう興味は無い。給料は振り込みなので、面倒なやり取りもないだろう。
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