40人が本棚に入れています
本棚に追加
馬子にも衣装
ゴールデンウィークは明々後日までなので、3日間の予定を確認する。
(なるほど……色々あるな。昼のイベントと夜のイベントに絞って、6ヶ所行けるか考えよう)
調べながらだと、あっという間に時間が過ぎ、紳士服専門店に着いた。店内に入ると閉店間際のせいなのか、客は他に1人だけだった。男性店員がニコニコしながら近寄って来る。
「いらっしゃいませ。スーツをお探しですか?」
「全身揃えたいんですが……」
「と、言いますと、靴やシャツ、ネクタイまでセットで宜しいですか?」
「そうですね」
「ご予算はどれぐらいでしょうか?」
「まあ、5万円で揃えばいいかな」
「かしこまりました」
「あっ、ワイシャツは3枚ね」
「かしこまりました。そちらでお掛けになってお待ち下さい」
正は店員の指示通りソファに座り、先程と同様にアイドルを調べる。1分も経たないうちに、店員がパンフレットを持って戻ってきた。
「お待たせしました。こちらからお好みの……」
「えっとね、店員さんのお勧めはどれかな? 俺よく分からないんで、プロが決めてくれた方が良いな」
正は店長を制して話す。
「特に好みの色とかもございませんか?」
「店員さんならこれにするってのを勧めて貰って、問題無かったらそれにします」
「かしこまりました。それでしたら、先に採寸させていただきます」
正は店員に全て任せた。店員の持ってきたワイシャツ、スーツを試着してみる。
馬子にも衣装とはこういう事なのだろう。普段ダサいので、なかなか様になっている。10歳は若返った。
靴
13,000円
ワイシャツ3枚
14,700円
ネクタイ
4,900円
スーツ
28,000円
「こちらまとめて税込で5万円にさせていただきます」
「分かった」
正は普段であればもっと値切るだろうし、そもそも、安売りしてないものを買う事は無い。大金を持てば人は変わる。正は100万円の帯を切らずに5枚抜いて、店員に渡した。
「ありがとうございました」
購入品を袋に入れてもらい、正は店を出た。この店から徒歩5分ぐらいのところに、ホームセンターがある。正はそこへ向かう。
現在、正の部屋に鍵はついているが、コイン等を引っかけて回せば開くような簡易的なものだった。部屋には大金を置いているので、後付けタイプの外鍵を購入する為にホームセンターに来ている。鍵の値段はピンキリだが、正は鍵付きで3,000円弱の非常に簡易的な物を購入した。高い物を購入したところで、ドアが安物だからその気になれば侵入できる。防犯と言うよりは、家族に対して「入るな!」という意思表示の効果を狙ったものだった。
店を出てネットでアイドルを調べながら帰る。
(何とか6ヶ所回れそうかな。あとは渡すメモの準備を……)
家に着くと午後7時5分前だった。正は購入した鍵をつけずにセロテープを確認し、部屋に入り、鍵を閉めた。幸家ではだいたい午後7時に晩御飯だ。母親に部屋の入り口まで持って来させている。正は完全な引きこもりでは無かったが、世間一般では引きこもりの部類に入るだろう。
コンコンコン
「はい」
「ご飯置いとくね」
「ありがとう」
母親は困惑した。ここ数年、息子から礼を言われた記憶など無いからだ。もちろん違和感はあるが悪い気はしない。
正はドアを開け、料理の乗ったお盆を部屋の中に入れ、そしてまた鍵を閉める。
ご飯を食べ終わるとお盆を部屋の外に出した。そして、アイドルに渡すメモを考える。
私は幸(みゆき)正(ただし)と申します。
アイドルのプロデュース業を始めるにあたり、
メンバーを募集しています。
将来アイドルを目指す方を支援します。
日当1万円保証。
興味があればこちらまで。
090-××××-××××
(こんな感じでどうだろう? ちょっと胡散臭いけど、売れていない地下アイドルなら食いつくかな? 適当な個人事務所名を入れた名刺を作れれば良かったんだが、時間が無さすぎる)
その時、母親が食器を取りに来た。
コンコンコン
「正さん? 何か良い事あったのかしら?」
「ああ、また機会があれば話すよ」
「ありがとう、待っています」
そう言うと母親は食器を持って一階へ下りていった。普通の家庭なら日常の会話だが、幸家では非常に珍しい。なぜなら、正は母親の会話を基本的に無視していたのだから……。
最初のコメントを投稿しよう!