馬子にも衣装

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馬子にも衣装

ゴールデンウィークは明々後日(しあさって)までなので、3日間の予定を確認する。 (なるほど……色々あるな。昼のイベントと夜のイベントに絞って、6ヶ所行けるか考えよう) 調べながらだと、あっという間に時間が過ぎ、紳士服専門店に着いた。店内に入ると閉店間際のせいなのか、客は他に1人だけだった。男性店員がニコニコしながら近寄って来る。 「いらっしゃいませ。スーツをお探しですか?」 「全身揃えたいんですが……」 「と、言いますと、靴やシャツ、ネクタイまでセットで宜しいですか?」 「そうですね」 「ご予算はどれぐらいでしょうか?」 「まあ、5万円で揃えばいいかな」 「かしこまりました」 「あっ、ワイシャツは3枚ね」 「かしこまりました。そちらでお掛けになってお待ち下さい」 正は店員の指示通りソファに座り、先程と同様にアイドルを調べる。1分も経たないうちに、店員がパンフレットを持って戻ってきた。 「お待たせしました。こちらからお好みの……」 「えっとね、店員さんのお勧めはどれかな? 俺よく分からないんで、プロが決めてくれた方が良いな」 正は店長を制して話す。 「特に好みの色とかもございませんか?」 「店員さんならこれにするってのを勧めて貰って、問題無かったらそれにします」 「かしこまりました。それでしたら、先に採寸させていただきます」 正は店員に全て任せた。店員の持ってきたワイシャツ、スーツを試着してみる。 馬子にも衣装とはこういう事なのだろう。普段ダサいので、なかなか様になっている。10歳は若返った。 靴 13,000円 ワイシャツ3枚 14,700円 ネクタイ 4,900円 スーツ 28,000円 「こちらまとめて税込で5万円にさせていただきます」 「分かった」 正は普段であればもっと値切るだろうし、そもそも、安売りしてないものを買う事は無い。大金を持てば人は変わる。正は100万円の帯を切らずに5枚抜いて、店員に渡した。 「ありがとうございました」 購入品を袋に入れてもらい、正は店を出た。この店から徒歩5分ぐらいのところに、ホームセンターがある。正はそこへ向かう。 現在、正の部屋に鍵はついているが、コイン等を引っかけて回せば開くような簡易的なものだった。部屋には大金を置いているので、後付けタイプの外鍵を購入する為にホームセンターに来ている。鍵の値段はピンキリだが、正は鍵付きで3,000円弱の非常に簡易的な物を購入した。高い物を購入したところで、ドアが安物だからその気になれば侵入できる。防犯と言うよりは、家族に対して「入るな!」という意思表示の効果を狙ったものだった。 店を出てネットでアイドルを調べながら帰る。 (何とか6ヶ所回れそうかな。あとは渡すメモの準備を……) 家に着くと午後7時5分前だった。正は購入した鍵をつけずにセロテープを確認し、部屋に入り、鍵を閉めた。幸家ではだいたい午後7時に晩御飯だ。母親に部屋の入り口まで持って来させている。正は完全な引きこもりでは無かったが、世間一般では引きこもりの部類に入るだろう。 コンコンコン 「はい」 「ご飯置いとくね」 「ありがとう」 母親は困惑した。ここ数年、息子から礼を言われた記憶など無いからだ。もちろん違和感はあるが悪い気はしない。 正はドアを開け、料理の乗ったお盆を部屋の中に入れ、そしてまた鍵を閉める。 ご飯を食べ終わるとお盆を部屋の外に出した。そして、アイドルに渡すメモを考える。 私は幸(みゆき)正(ただし)と申します。 アイドルのプロデュース業を始めるにあたり、 メンバーを募集しています。 将来アイドルを目指す方を支援します。 日当1万円保証。 興味があればこちらまで。 090-××××-×××× (こんな感じでどうだろう? ちょっと胡散(うさん)臭いけど、売れていない地下アイドルなら食いつくかな? 適当な個人事務所名を入れた名刺を作れれば良かったんだが、時間が無さすぎる) その時、母親が食器を取りに来た。 コンコンコン 「正さん? 何か良い事あったのかしら?」 「ああ、また機会があれば話すよ」 「ありがとう、待っています」 そう言うと母親は食器を持って一階へ下りていった。普通の家庭なら日常の会話だが、幸家では非常に珍しい。なぜなら、正は母親の会話を基本的に無視していたのだから……。
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