地下アイドル監禁事件

イベント会場

5月4日月曜日

正が目覚めると8時前だった。といっても2度目の起床だ。正は年齢のせいかトイレの為、早朝に1度起きる。軽く嗽(うがい)をし、コップ半分ぐらいの水を飲んで2度寝する。ここ10年は、ほぼ毎日がそんな感じだ。
正は出掛ける準備を始め、歯磨きをしていると母親が後ろを通った。母親は正に挨拶する。
「おはよう」
「ああ、おはよう」
母親は普段通りを心掛けたつもりだろうが、衝撃の事態に驚きを隠しきれていない。正が挨拶するなんて何10年振りとなるからだ。
父親は既に正の事を諦めているだろう。独りっ子となると別の感情が湧くのかも知れないが、兄の明がいる。知り合いには兄の明の話をすればいい。
引きこもりの息子があるきっかけで逆上し、親を殺害するといったニュースも多々ある。正は完全な引きこもりという訳では無いので、現在、両親が金銭面で負担するのは基本的に食費のみだ。とにかく、正を刺激して殺意を持たさぬよう接しているように見えた。
だが、母親は少し違っていた。もちろん明は自慢できる息子で知り合いにも自慢しやすいだろう。正を悪く言う事もあるが、自分の可愛い息子にかわりは無いので、変わってくれると信じて接しているように見えた。

歯磨きを終えた正は部屋に戻ると、昨日買ってきた外鍵をドアに取り付けた。そして、スーツに着替え、身だしなみを整える。ボサボサ頭のニートには見えず、年相応の、仕事が出来そうな感じに仕上がっている。メモを持ち、部屋を出て、3ヶ所にセロテープを貼り、鍵を2ヶ所閉め、家を出た。
駅までは徒歩10分。電車に乗り、1時間掛けて会場へ向かう。正はドア近くの席に座っていたが、30分程たった頃、電車内は満員になり、正の前にお婆さんが来たので、正は何も言わず席を立ち、隣の車両へ移った。今までの正であれば席を譲るような事はしない。大金を持ったことにより、心に余裕が出来ている。
目的の駅に着き、電車を降りた。スマホを見ながらイベント会場に向かう。直通のバスが出ているようだが、行列ができているので歩く事にした。
(2キロぐらいなんで徒歩20分ぐらいか？)
その日は5月にしては肌寒く、歩いてもあまり汗はかかない。日頃、運動不足なのでちょうど良い。
イベント会場近くになると出店もあり、かなり賑わっていた。たこ焼き、焼き鳥、焼そば、たい焼き等々、色んな店がある中に1段高くステージが作られていた。ステージでは既に演歌歌手が歌っている。色々なショーの内の1つが、正のお目当てのアイドルグループショーになっている。200席程度パイプ椅子が並べられていて、後ろの方が空いていたので、正は座ろうかと考えたが、アイドルグループのショーには、まだ1時間程あるので焼き鳥でも食べようかと出店に向かった。 焼き鳥は5本で800円だった。大金を持った今でも、高いなとは思うが気にせず払う。その後、たこ焼き500円、回転焼き100円、ペットボトルのお茶200円とフルコースで買い、2人掛けのテーブル席が空いていたので座って食べた。たこ焼きと焼き鳥を食べ終わり、回転焼きとお茶を持って、ステージが見える席へ移動する。先程の後ろの席はまだ空いているようなので、腰掛けて回転焼きを頬張った。前の方の席は、演者によって客層がコロコロ変わるようだ。今は小学生チームのダンサーが踊っているので、母親層が多い。