春しぐれ

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わたしたちが暮らす社員寮は、わたしたちの入社と同時に建てられたアパートで、それゆえ、入居者のほとんどが同期だった。トイレ・風呂別の1K、家賃はたったの6000円、駅から徒歩7分という優良物件だ。 部屋に入って、雨の音を聞きながら夕飯の準備を始めた。3月といえどもまだまだ寒い。ひとり暮らしだと、この時期は毎日と言っていいほど鍋が続く。あらかじめ切っておいた具材を鍋に放り込み、コンロの火をつける。 「ねぇ、まだ?」 振り向くと、いつの間にやってきたのか、また総士が立っていた。玄関の鍵をかけ忘れていたことを思い出す。住人のほとんどが顔見知りなので、セキュリティもついつい甘くなってしまう。総士の部屋はわたしの二つ隣なので、こうして突然やってくることも多かった。 「総士の分なんて、ないんだけど」 「嘘だ、まだ食材あるでしょ。冷蔵庫に」 「ちょっと、勝手に開けないで」 わたしの制止も聞かず、総士は冷蔵庫から缶ビールを取り出した。我が物顔でテレビをつけ、勝手に飲み始める。 窓の外ではまだ雨が降り続いていた。このままずっと、やまなければいいのに。そう思いながら、わたしはふたり分の小皿を用意して、ポン酢と生卵を入れる。 総士のために食材を追加したのに、結局ふたりでは食べきれなかった。また明日食べればいい、と、鍋に蓋をして、コンロの上に置いておく。缶ビールを持ち上げると、まだ半分も残っていた。飲みきれないなら開けなければいいのに。文句は心の中だけで、口に出すことはできない。 洗い物を終えると、総士が横になって目を閉じていた。寝るなら自分の部屋で寝てよ、と体を揺らすと、「うん……」と形だけの相槌が返ってくる。ひとり暮らし用のこの部屋は、とにかく狭い。成人男性が横たわっているだけで、かなり窮屈に感じる。 眠っている総士を放置して、先にシャワーを浴びることにした。苛立ちと不安を洗い流すように体を洗い、化粧水と乳液で簡単に保湿をして、タオルで髪を拭きながら部屋に戻る。すると、さっきまで寝ていたはずの総士の姿はなくて、ああ、また勝手に帰ったのだな、と肩を落とした。何気なくカーテンを開けてみると、案の定雨が上がっている。本当に、雨の化身かと思うくらい、雨男だ。
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