春しぐれ

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彼と会う時は雨の日が多かった。世間ではこういう人のことを「雨男」と言うらしい。電車に乗るまでは晴れていたのに、改札から出ると空から糸のように雨が垂れていた。カバンから折り畳み傘を取り出して歩き出したら、背後から「入れて」と、さもあたりまえのように傘の中に入ってくる。ほら、やっぱり、今日も来た。 「また傘持ってないの」 「小春が持ってると思って」 悪びれなくそう言うので、甘やかしてはだめだと思いつつも、結局口をつぐんでしまう。 総士は、わたしに甘えている。わたしが何とかしてくれると思っている。ふたりで出かけても財布を出すのはわたしばかりだし、今だって、自分の方が背が高いくせに、傘を持とうともしてくれない。だからわたしは腕を中途半端に上げ、総士が濡れないように、と傘を傾ける。おかげでカバンはびしょびしょだし、お気に入りのトレンチコートはどんどん色が変わっていく。こういう気遣いに、総士は気づかない。 歩いていくと、社員寮の入り口で、花柄の傘がくるくると回っていた。近づいていくと、奈津が傘の水切りをしているところだった。 「おつかれ、奈津」 「おつかれ、小春。……傘さすの、下手すぎ」 奈津はわたしの濡れた肩を見て、困ったように笑う。いや、これは……と、言おうとして隣を見たら、つい今し方までいたはずの総士がいない。奈津に挨拶もせず、さっさと部屋に戻ってしまったのだろう。挨拶もできない、お礼も言わない。冷たいやつだ、と思った。
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