冷たい人、なおします

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柏葉師長は挨拶をしない人だった。最初は五十も過ぎてるし、耳が遠くて聞こえていないだけかと思った。 だけどよく見ていたら、私のようなただの年下には無視をして、役職者や年上の職員にはヘコヘコ頭を下げていた。 何て冷たい人なんだーー。 そう思った私は、夜勤中の師長を廊下の角で待ち伏せして捕まえ、更衣室で解体した。 開けてみると、師長は脳が冷たくなっていることが分かった。だから、人によって態度を変えるという判断をしてしまうんだなと納得した私は、とりあえず解体した師長を自分のロッカーに隠し、翌日、松本主任を同じ手口で捕まえてみて解体した。 松本主任は私が入社した際も一番に声をかけてくれ、誰にでも分け隔てなく優しかった。開けてみると、松本主任の脳は柏葉師長の脳と比較すると格段に温かく、十二度も温度差があった。これが理想の上司の脳だと思い、松本主任の温かな脳と、柏葉師長の冷たい脳を配線で繋いだ。 三時間ほど接続して夜勤が終わる頃に二人をロッカー室から放り出し、その日は帰った。翌日、出勤すると柏葉師長が「おはよう」と自分から声をかけてくれた。 良かった、この人は「なおった」と思った。 松本主任は温かさを少し分けてあげたので笑顔は少し減ったが、優しさは安定しており、さすが主任だと思った。 そうしてルンとした気分で仕事を始めようとした矢先、いきなり事務長が怒鳴り込んできた。 「あの物品の件はどうなってる!」 「どうして俺に許可なく勝手に動くんだ!」 「命令に従え!」 矢継ぎ早に怒号が飛ぶ。 物品の件は報告したし、忘れているし、こちらの説明も話も聞かないで命令に従えだなんて叫ぶなんてーー。 何て冷たい人!と思い、私は「至急、個別に相談したいことがある」と事務長を相談室に呼び出し、捕まえて解体した。 開けた事務長は重症だった。 心臓は低温火傷しそうなドライアイスみたいな冷たさでゴム手袋越しに持たないと冷たかったし、耳には氷柱のような棘が何本も刺さっていた。 誰かを繋げてどうにかなる話じゃないなと思ったので、とりあえず冷たい心臓は熱湯に溶かして無くし、耳の氷柱は引き抜いた後、冷たい言葉を吐けないように喉にギュッと差し込みなおして外に放り出した。 翌日、出勤すると事務長はまだ昨日と同じ場所であんぐり口を開けて呆けていた。 勤務が終わったなら、さっさと家に帰ればいいのにと思いながら私はタイムカードを押し、この人はまだ「なおってないな」と思いつつも、最初より温度は上がったはずなのでまぁいいかと放置した。 「先輩、おはようございます。今、ちょっとお時間いいですか?」 「ん?大丈夫だよ」 「じゃあ、向こうの個室で……」 出勤して早々の私に、部下の女の子が恥ずかしそうに小さく声をかけてきた。 もちろん大丈夫に決まっている。 私は温かくて良い人だからーー。
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