夜更けのドアの向こうには

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 僕は岩陰からちょっぴり顔を出して、近づいてくる鬼に向かって叫んだ。 「加納さん、奥さんのこと『仕事もしてんのに、家ん中のこともすげえきっちりやってくれてさあ』って、めっちゃ褒めてました!」  鬼の歩みがぴたりと止まった。 「効いた……」 「今のうちに、禁断の呪文を放つ」先輩の表情が険しくなった。 「……禁断の呪文?」 「今から俺が言う呪文は……大きなリスクを伴うんだ。成功すれば、ほぼ100%のダメージを相手に与える。ただ……ただ……」先輩の顔がさらに険しさを増した。「使う相手の機嫌、場所、時間のどれかひとつでもタイミングをしくじると、使った人間に大きなダメージがくる」そして、心を決めたというように力強く頷いた。「しかし、今は言うしかない」 「……加納さん……かっこいいです」  先輩はすっと立ち上がると、鬼の方を向いて、優しく両手を広げた。 「なあ、愛してるって」  次に僕が目にしたのは、鬼の巨大な爪が先輩のからだを貫く光景だった。 「はい、しっぱい、でした……」先輩は、どさりと地面に崩れ落ちた。  鬼が先輩の動かなくなったからだを見下ろして、嘲るように言った。 「とってつけたように言う愛してるなんて、ラーメンにかける胡椒くらいの価値しかないんだよ」 「加納さん!……先輩……!」  僕は先輩に駆け寄って、取りすがった。  先輩が死んだら……死んだら、今度のプレゼン資料、僕が作るんですか。  飲んで遅くなっただけなのに、なんで、こんなことに。  鬼を見上げた。先輩のために、何か言いたかった。
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