夜更けのドアの向こうには

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「……胡椒だって大事なんだ」 「そこ、掘り下げるとこか」 「……胡椒を使おうと思って、瓶が空だったときのショックは大きいんだ。愛だって同じだ。いくらちょっぴりでも、あると思ってなかったときのショックは大きいんだ」 「胡椒と愛を同列にするな」 「そっちが最初にしたんだって」 「胡椒は買ってくればいい。愛は買えないぞ」 「だから、そっちが言い出したんだって!」 「胡椒は」 「もういい!」  鬼はにたりと笑った。 「お前の女が……早めに帰ってくるね、って言って、午前1時に帰ってきたときにも、笑顔で迎えてやればいい」 「それは……」 「ふん」鬼は洞窟の奥へと引きかえしていく。  どす。 「胡椒はいつも(から)い。愛は時々(つら)い」  どす。 「胡椒はくしゃみが出る。愛は涙が出る」  どす。  僕は、その後ろ姿に声をかけたくなった。 「先輩が……憎いんですか」 「胡椒は」 「だから、胡椒から離れてくださいって」 「憎しみさえ感じなくなったら、終わりだとは思わないか」  松明の灯が細くなる。あたりが真っ暗になってゆく。  鬼の姿は闇にとけるように消えた。  鬼が消えていったほうから、蝶が羽ばたいたようなかすかな空気の流れに乗って、女の人の声が漂ってきた。 「……心配なだけ。さびしいだけ。それが怒りに変わっちゃうんだよね……」  僕の周りがすっかり闇になって、僕の意識も闇に落ちた。
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