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ホテル一階に設置されたレストラン。
そこで淀川は白崎と共に事件の整理をしており、周りには同日宿泊していた客と従業員が、不安そうな顔で二人を眺めていた。
レストラン以外のフロアは現在、白崎が呼んだ警察がドタバタと慌ただしく動いており、どのみち何もできない状況でもある。
白崎はホテルに借りたホワイトボードに情報をまとめ、淀川はふてぶてしい態度でそれを眺めながら口を挟む、何故自分に主導権がないのかと不満に思っているのだろう。
「被害者は二名、一人は伊倉総士という20代ほどの男性で、もう一人は千田凛という30代ほどの女性です」
「二人の出身は?」
「出身はまだ分かりませんが…それを聞いて何になるんです?」
「ただの好奇心だ。続けてくれ」
「目立った外傷がないことから、二人の死因は服毒によるものと思われます。それについては何か意見はありますか?」
「まあ十中八九毒物だろうな、奴らは同じ殺害方法にもこだわるもんだ」
「こだわる理由というのは…」
「ただの主観に基づいた憶測だ。続けてくれ」
「…容疑者は平山元気20歳。彼は私達と同じ宿泊客で、現在はホテルを出て逃走中です」
「まあ直に炙りだされるだろうよ」
「ちなみに人間性は見た目通り問題のある人物です。私にナンパを仕掛けて、体を触ろうとまでしました」
「俺が助けてやらなきゃ大変な目に遭っていたな。平山が」
「その後は淀川さんに部屋までついてきてもらって…あろうことかシャワーを浴びている間に盗撮カメラを設置したんでしたっけこの人は」
「そうだが誰に言ってるんだ?」
「追及の末に淀川さんが逃げて、私が追いかけて、偶然その先で伊倉総士の部屋から出ていく平山を発見。そこから先は記憶に新しいですね」
「肝心の部分は省略するのかよ」
とりあえずこれまでの全ての回想を終えると、この話を聞いていた周囲の客と従業員達は一気にざわめき始める、それもそのはずでここから先は彼らに関係があることだ。
凶器が毒であること、容疑者である平山が逃走中であること、以上のことから彼らは迂闊に飲み物を飲むことすらできない、当然心的ストレスは最高点へと達している。
話を一旦止める二人はそんな周囲にため息を吐いており、淀川は仕方がないと言いたげな顔をして、「あー、はいはい」と大声を上げて注目を一点に集めた。
そして彼は辺りが静まり返ると、「現段階で推理できる情報」をこの場にいる全員に共有した、それは全員の口を閉ざし新たな可能性を与える一手なのである。
「俺の中ではもう平山は犯人じゃない」
「!?」
「…何故そう思うのですか?」
「まずあいつは最初動揺していた。連続殺人を犯すようなやつはあの程度で慌てたりしない」
「でもそれは淀川さんの主観では?」
「次にあいつは逃走の際プールに飛び込んだ。ということは水に濡れて困るようなものは持ってないってことだ」
「財布は持っていなかったと?」
「そんなわけあるか、そもそもあいつはどうやって40E号室に入った?このホテルのドアにつけられてるものはなんだ?」
「電子ロックを破壊したのは平山ではないということですか」
「そうだ、そんな機器を持って入水するとは考えづらいし、非正規品であれば防水加工なんてされていないだろう。つまりドアを開けたのは別の誰かってことだ」
「憶測だらけでどうにも腑に落ちませんが…」
「まあそれもこれも全部、あの紙の存在と殺害方法に比べれば些細な情報だ。分かってるんだろうカナデちゃんも」
「…まあ……」
「そもそも部屋には暴れた後も何もない、勝手に押し入って毒を飲ませるなんて暴力なしでは不可能だ、平山は殺害現場に誘導されていたと考えるのが自然だろう」
「…そうですが……」
「……正直俺はあんたが一番怪しいと思ってるぜ甲斐次郎。このホテルの料理長であるあんたが最も毒を入れやすい」
「何だと!?何故わしの名前を!!」
「淀川さん……」
「平山でないのなら犯人はこの中にいる、カナデちゃんは黙っていたかったようだが関係ない、俺は全員を巻き込んでさっさと終わらせる」
「そんなやり方じゃかえって混乱を……」
「殺しが起きる前に事件を終わらせることが最善最短の道のりだ。ここから先はあんたら全員にも協力してもらうぞ…!」
淀川守に向いていた視線は一気に甲斐次郎という老いた料理長へと向けられる、一応気を遣っていたつもりの白崎は頭を悩ませた、最早何を言っても後戻りはできないだろう。
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