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時は少しだけ進み、場面は切り替わり、再びホテル廊下。
淀川はホテルの従業員からもらった資料を見ながら何処かへと向かっており、白崎は彼の後ろで何かを考えながらひたすらに背中を追いかけていた。
彼女が考えていることとはつまりレストランにいる人々であり、淀川のせいで非常にギクシャクとした状況になってしまった、あの場を鎮めるのは至難の業だろう。
ちなみに淀川が眺めている資料とは宿泊名簿のコピーである、一人一人手書きで書かれた情報と、ついでに貰ったホテルの見取り図を照らし合わせて前進していた。
いくら悩み考えても安心感を得られない白崎は、そんな彼にも考えてもらおうと相談することにした、どうせ無視されるであろうと思っていたが彼は答えてくれた。
「淀川さん。甲斐次郎が怪しいとおっしゃってましたが、あのままにしておいていいのですか?」
「問題ない。あえてああして名指ししておけば、互いが互いを監視し合う膠着状態になるだろう」
「…つまり甲斐が容疑者というのはその場で吐いた出任せということですか?」
「まあな。可能性が高いというだけで、確証があって言った訳じゃない。むしろそうじゃない方が、あの場面では効果的に働いてくれるだろうな」
「…後で問題になっても知りませんよ?私は庇ってあげませんからね?」
「心配には及ばん。人から恨まれても問題ないのが探偵のメリットだ」
「私達以上に信用とか大事だと思いますけど…」
「それに今の状況じゃ客すら信用できん、カナデちゃんは奴らのこと、やけに落ち着いてると思わないか?」
「……どういうことですか?」
「どういうことも何もそのままの意味だ。事件に巻き込まれた一般人にしては、異様に大人しすぎるってことだよ」
「………」
しかしその答えは難解な謎であり、当然だがそんなことを言われて安心などできるはずもない、白崎は困った顔をしながらも淀川の歩幅に合わせた。
それに大人しいと言われても、大して経験値を積んでいない白崎に分かるはずがないし、そもそも淀川も経験値は少ないはずである、どう答えればいいのか不明の一言だ。
しばらくするとそんな彼女に助け舟を出すかの如く、二人に向かって一人の若者がやってくる、整った髪のさわやかな青年は何故だか嬉しそうに駆け寄ってきた。
「白崎さん!大丈夫ですか!」
「あ、糸貫くんも来てたんですか?」
「ほう、同僚か?…ってかやだやだ、お前らキャリア組かよ」
「ええ現在捜査一課で同僚の糸貫義人くん…って何でそこまで分かったんです?」
「何でってお前な。普通の刑事なら忙しすぎて、今こうして呑気に話しかけてこねーよ」
「白崎さん、この失礼なお方は?」
「成り行きで今日一日私の保護観察処分になった職業不詳の淀川さん」
「名刺いるか?」
「いえ結構です。事件に巻き込まれた白崎さんが心配で来ただけなので…」
「ふん、なんだなんだ平山といい、お前意外とモテるんだな」
「何言ってるんですか?」
「いや、いずれ使えそうだなって思っただけだよ」
「はあ………」
「むむむ………」
見るからにお坊ちゃんという身なりのこの男は糸貫義人という新人刑事であり、とは言っても出世街道まっしぐらの形だけ刑事という、淀川の好まない人種である。
歳が同じの白崎とは同期のようで、恐らくこの二人は良いところの大学を出て、国家試験を通って晴れて「キャリア組」となったのだろう、淀川とは程遠い人種である。
しかし何故か糸貫は淀川にライバル意識を持ったようで、どうみても敵意を剥き出しにして彼のことを睨みつけている、どんな人間であれ見下すことはしないようだ。
淀川はその視線に気が付くと応戦態勢に入り、白崎は慣れているのかあきれた顔で糸貫と淀川を交互に見つめる、このまま放っておいたら面倒事になりそうだった。
こんな状況下で喧嘩をされても迷惑だと思った白崎は、いつも通りの話を逸らす作戦を実行する、話を本線に戻しつつ協力させる名案を思い付いたのである。
「…ところで糸貫くん」
「え?あ、はい!何でしょうか白崎さん!」
「被害者の死因ってやっぱり毒なんですか?」
「そうですね、鑑識によるとアコニチンという即効性の猛毒で、十数分で発症した後に6時間以内で死に至ると…」
「それってトリカブトの毒ですよね」
「はい!やっぱり白崎さんは博識で…」
「被害者は苦しんだはずですが、発見時はそう見えませんでした」
「…それは麻酔で眠っていたからだと思います。現場に布と麻酔液が見つかりましたから、眠らされてから毒によって殺されたのでしょう」
「…毒で殺された…か」
「何です淀川さん。何か腑に落ちない点でも?」
「いいや刑事様のお言葉を反芻しただけだ。せっかくの機会なんで、勉強させてもらおうと意気込んでるだけさ」
「またそういう言い方を…どうやっても男の人って仲良くできないんですね」
「ぐっ……すみません白崎さん……」
まあ仲良くさせることはできなかったが、糸貫にお灸を据えることには成功したようだ、とはいえ何回もこういうことを繰り返しているのだから、白崎としては困ったものである。
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