message1 神様がくれた運命

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「…では自分はそろそろ戻ります……」 意中の女性直々にお叱りを受けた糸貫は、瞬く間に反省を示す沈んだ顔色となり、申し訳なさそうにそう言い残すと何処かへ向かって去っていく。 淀川はまるで疑いをかけるような目で彼の行く先を追いかけており、どんなに些細なことでも全てを疑う彼に白崎はやれやれとあきれるばかりだった。 そして糸貫の行く先を見て「違う」と判断した淀川は、再び隣の彼女に何も告げずに何処かへと歩み始める、彼女はまたかと慌てて追いかけた。 「何を急いでいるんですか淀川さん」 「人が死ぬかもしれないんだ、急がないわけがない」 「死ぬかもしれないって、毒は即効性のアコニチンで、ほとんどの宿泊客はレストランに集まって監視し合ってるじゃないですか」 「アコニチンだからといって飲んですぐに症状がでるとは限らない。テトロドトキシン…フグ毒と混ぜて遅効性に変化させたという有名な事例がある」 「でもそれなら尚更、今の私達に解決できるような事件ではないのでは?」 「この事件において毒は重要なキーワードじゃない、液体麻酔ってので一つ確信に変わったけどな」 「一体どういうことなんですか、私にもきちんと説明してくださいよ」 「説明せずとも直に分かる、今はその話をして情報が洩れるかもしれないリスクの方が大きいんだ」 「…!?」 どうやら淀川の視線はこれまでの短く狭い世界の中ではなく、遠く果てしない未来の先へと向いているようで、その言葉を聞いた瞬間白崎の脳裏に稲妻が走った。 彼が本当に疑っている者、それは今も影で動ける立場にいるものであり、誰の目に疑われることない闇の中から、人の終わりを今か今かと待ち望んでいる悪魔である。 「…平山!!」 「うう……グスッ……!!」 二人の視線の先にあるドアが開くと、その奥から子供のように泣きじゃくる平山が出てくる、淀川と白崎の二人は歯を食い縛ると彼を睨みつけた。 明らかにその様子は正常ではなく、極限まで絶望しきったその顔は一瞬平山かどうか分からなかった、当然何があったのか想像もつかなかった。 「殴らせろ淀川……!!」 「…淀川さん来ます!!」 何も語らずにいきなり襲いかかってくる平山に対して、白崎はその身を挺して淀川を守ろうとする、だがそれよりも早く淀川は平山に向かって飛び出した。 そしてその直後、淀川は平山の拳を華麗にかわして顔面にクロスカウンターを決めると、汁まみれの顔でよろめく平山の足を払って、彼らしく荒々しく強引に押し倒した。 「殺人鬼追ってる探偵が弱いわけねえだろ…!!」 「ひぐッ……ズズッ……!!」 もはや淀川が本当は強いという事実に誰も驚きもせず、それぞれの脳内で限られた情報から推理を始め、それぞれが真犯人の顔を思い浮かべながら残酷な現実を直視する。 特に平山は淀川が思っていたようで、直感的に彼の正義が垣間見える瞳の輝きを知ると、再び涙を噴きだしてこれまでの人生を悔いるかのような救いのない表情をした。 それはまるで心の中に残っていた僅かな希望を砕かれたかのようで、淀川はそんな彼の表情から追いかけていたものが真実だと察すると、優しい顔で押さえつける力を緩めながら彼の心に語りかけた。 「あんまりだろ……あんまりだろこんなこと……」 「平山…お前の絶望を俺に託せ…」 「どうしようもねえよ……どうしようもねえんだよお前なんかに話しても……!」 「誰も救えない…だが真犯人は必ず暴いてやる…」 「いねえんだよ犯人なんか……!!そこにあんのはただの純粋な絶望だ……!!」 「まだ分からねえのか平山…!!」 激情した平山は淀川の拘束から逃れると、ふらふらと千鳥足で廊下を駆けだして、何回も壁に頭をぶつけながら涙を撒き散らして、何処か何処かへと去っていく。 淀川はそんな彼を追いかけることなく、小さくなってしまった背中を見つめながら拳を握りしめる、白崎は動揺しながら本当にこれでいいのかと確認を取った。 「淀川さん…追いかけないと」 「その必要はない…奴はもう役割を果たした…」 「…このままじゃ本当に死んでしまうかも」 「乗り越えるかは奴次第だ…そこはもう俺の役割じゃない…」 恐らく何があったのか察しているであろう淀川は、今は真実を追うべきであると平山が出てきた部屋の中へと入っていく、その先に事件の核心へと迫る真実があると信じて。 平山を心配している白崎は迷いながらも、刑事として彼についていかねばならないと判断をすると後に続く、そしてこの連続殺人事件の一つの終点へ辿り着くことになるのだ。 まるで幽霊の如く姿を見せない犯人より、卑劣な毒で次々と尊い命が奪われていく事件、その部屋の先にいる三人目の犠牲者が、平山の流した涙の理由を語ってくれたのだ。
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