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三人目の犠牲者、村田陽介。
彼は数年前まで教師をしていた男であり、教え子の起こした些細な事件がきっかけで、精神的な疾患を負って退職まで追い込まれた過去を持つ。
それは二年前に起きたもので、特に教え子よりもこの村田の方が注目された事件だったと記憶に新しい、簡単に言えば非行少年を担任教師が実名で擁護したのである。
マスコミに焚きつけられた世間は村田をバッシングし、そのせいで彼は精神的な疾患を負った、それでも非行少年の実名が出回ることはなくプライバシーは守られた。
マスコミもしばらく数字を取れればいいだけで、あえて事件を風化させないために徹底的に村田を攻めたのだろう、加害者に謝罪をさせないことが炎上を続けるコツだから。
「この写真を見るにどうやら平山が教え子だったようだな」
「…嫌な事件でしたね」
きっと彼はこの村田に数々の返しきれない恩を抱いていたのだろう、だからあれだけの涙を流して絶望していた、彼にとってはこの村田こそが希望の光だった。
枕元に置かれた集合写真には学生時代の平山が写っていて、村田は写真の端で平山の肩に腕を回して微笑んでいた、その光景から語らずとも絆の強さが伺えた。
このホテルへの宿泊も、きっと気の合う友人同士の旅の一環だったに違いない、淀川はそれを村田の傍に戻してやると、辿り着いた一つの答えを吐き出した。
「村田陽介は自殺だ」
「え?」
「ここは最上階の角部屋、位置関係上、レストランの客や従業員、二人の死体発見現場と外を捜索する刑事どもには不可能だ」
「そんな…」
「村田に麻酔をかける、それができるとするならば平山しかいないだろう、もちろん平山がそんなことをするはずがない…」
「…どうして」
「…恐らくはこれまでの犠牲者もみんな自殺だ、自分で毒を飲んで自分に麻酔をかけた、たったそれだけの事件だったんだ」
「……!!」
集団自殺、これまでの状況を見ればそれは明らかであり、殺害方法にこだわるシリアルキラーのやり方を考えれば、全ての犠牲者がそれだった可能性が高いだろう。
例え相手が淀川の考えるシリアルキラーでなくとも、誰かに暴力を受けた形跡がない以上はその可能性が一番であり、彼にはそもそも引っかかる点が一つだけある。
深呼吸をして集中力を極限に高める淀川は、親指の腹を眉間に当てる独特のポーズをするとこれまでを思い返す、推理の材料が揃った今なら犯人を導き出せるはずなのだ。
「…だが犯人は絶対にいる。自殺を教えて毒と麻酔を渡したやつは、この世界の何処かに必ず存在する」
「自殺教唆…ということでしょうか」
「ああ、自分では手を下さない最低の臆病者だ、人の心につけこんでマジシャンを気取る最悪の野郎だ」
「でもそんなの探しようが…」
「いいや、鍵は既に持っている。平山という存在が、あいつのこれまでが犯人の隠れ蓑を剥がしてくれる」
「……!?」
「レストランに戻るぞ。きっと平山のような奴らがあそこには山ほどいるはずだ、尋問及び答え合わせの時間といこうじゃないか」
「ちょっと待って……!!」
答えに向けて歩みだす淀川を、白崎は反射的に止めてしまうと、淀川に怪訝な顔で見られながらも、直後にポケットの中からスマートフォンを取り出して画面を見る。
バイブレーションで振動するその端末には、受話器のマークが表示されており、そこには「警学_糸貫義人」という文字が添えられていた、つまり彼からの電話である。
「糸貫くん…?」
「…何があった?」
「ええ…ええ…分かりました…ありがとうございます…では…」
「まさか……」
「…平山が毒を飲んだようです…今応急処置を受けているようですが…致死量を何倍も超える量だったようで…」
脳裏を過った悪い予感はすぐに的中し、淀川は平山が危篤状態だと知ると信じられないと言いたげな顔をする、だがすぐに何かを理解して表情を引き締めると、情報収集を始めた。
「平山の顔は?」
「……顔?」
「カナデちゃんが言っただろう、普通ならもがき苦しむと」
「…確認するよう伝えておきます」
「悪いな、わざわざ」
「いえ…彼も私もそれなりに覚悟して警察官になりましたから…」
きっと平山はもう助からないだろう、この推理が正しければ平山が生き残るはずもない、これまでの犠牲者が飲んだ毒を軽々と超える量を飲む、犯人はそうして事件を闇に葬り去ろうと言うのだから。
「…今、服毒によるショックで亡くなったようです…写真を…」
「平山ッ…!!」
もがき苦しみ、運命に見放されて死にゆく彼の顔は見るに堪えないものだった、壮絶な最期に白崎は思わずスマホから目を背けた、瞳孔を開いて直視する淀川は後悔と決意を胸に、これで終わらせてやると死者達の魂に誓ったのである。
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