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行く宛もない私は、ひとまず友達の家にお邪魔することにした。自分が泣いていた事にも気付かなかった私は、頬に涙の跡を付けたままにしていた。
私の顔を見た友達の家族は、何も言わずに私を家に招き入れ、夜ご飯をご馳走してくれた。
本当の家族の在り方というのは、友達の家族のような、こういう暖かいものなのだろう。
私はそう思ってまた泣きそうになったが、その涙はグッと堪えて我慢した。今、ここで泣いてしまえば、二度とあの冷たい家に帰れないような気がしたから。
しばらくすると、友達の両親が「お母さんが心配しているから、帰りなさい」と催促をしてきた。母との喧嘩で、これ以上他の人に迷惑を掛けるのも申し訳ないと思った私は、友達の家族に感謝を告げてその家を去ることにした。
外に出ると、夜風が冷たくて気持ちよかった。頭にのぼった熱りも冷めてきて、ようやく母に謝ろうという気持ちが少しずつ芽生えてきた。
母の大切にしていたであろう一冊の本をダメにしてしまったのは、幾らなんでもやり過ぎだったかもしれない。私はモヤモヤとした気持ちを抑えながら家路に着くことにした。
夜が回っているにも関わらず、家の鍵は開けっ放しになっていた。普段は消えている玄関の蛍光灯もパチリと点いている。明日も仕事で早い筈なのに、母はまだ起きているようだった。
「ただいま」と私が小さく呟くと「あら、結構早かったのね」とリビングの方から母の軽やかな声が聞こえてきた。
私は母に歩み寄り「ノートをダメにして、ゴメンなさい」と頭を下げて謝ると、「ハイ、これどうぞ。一から書き直すのに一時間以上掛かったわ」と母はため息混じりの皮肉を言って、新品のノートを手渡してきた。
私がそれを受け取ると、母は「じゃあ明日からまた一人で頑張ってちょうだい。私は明日の仕事があるので寝ます」と言って、欠伸をしながら寝室へと去ってしまった。
散らかしたキッチンも既に綺麗になっていた。私は、母との喧嘩なんてはじめから無かったのではないか、という不思議な感覚を抱いた。
家出後の娘への対応としてはなんとも冷たい振舞いではあったものの、私はその日一瞬だけ、母の本来の温もりを感じ取ることができた。
お弁当事件以来、私はなるべく母の言い付けに従って動くようになった。一人で出来そうなことは、母から言われる前に一人でこなすようにした。母は、私が一人の大人として成長するまでは、威厳さと冷然さを忘れることはなかった。
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