中川勝司

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 一発くらい殴ってやろうと思ったが、振り返った凌空の腫れあがった瞳に涙が滲んでいることに気づき、肩を掴む手から力が抜けてしまう。  凌空は俺の手を振り払い、リビングの扉を叩き壊すような勢いで閉めて二階へ上がっていった。  彩香に顔を向けると、「早く出ておいで、莉緒」と言いながらお腹を撫でている。  自分の方が正気じゃないのかと疑ってしまうくらいに、彩香は莉緒が再び生まれてくることを信じている。もし妊娠が事実なら、彩香は俺以外の誰かと性行為したということになる。無意識のうちに彩香を抱いたのかと考えたりもしたが、あり得ない。想像妊娠という言葉はあるが、本当に妊娠することなんて絶対にないのだ。 「さっきのエコー写真、もう一度見せてくれないか?」  大きく深呼吸するように溜息を吐いてから彩香に手を差し出す。彩香は無言でカバンにしまったエコー写真を取り出してテーブルの上に置いた。  椅子に座ってエコー写真を見下ろすと、端の方に【8w】という文字が書かれていることに気づく。 「この文字って……」 「妊娠八週って意味よ。莉緒が車に轢かれたのも八週間前。私はこの文字を見て確信したの。この家に、私達の前に、莉緒が帰って来るってことを」  疲弊して死にかけていた心は、何かに縋りつくことで奇跡的に回復することがある。  それが例え、現実には起こりえない内容であったとしても。
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