中川凌空

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 もしかしたら死んだ人間を見られるかもしれない。ドラマや映画などで見る作り物じゃない本物の死体。そんな歪んだ興味は、横転しているトラックのすぐ先に転がっている自転車を見て消え失せた。  その自転車はカゴが吹き飛び、サドルもタイヤも押しつぶされている。つい数分前まで綺麗な形をしていたピンク色の自転車が、ただの鉄屑になっている。そして、その鉄屑のすぐ下には血溜りが出来ていた。  叫びそうになる口を押さえ、莉緒が履いている靴に視線を向ける。靴紐が車輪に巻き込まれているのが一瞬だけ見えた。僕の目がおかしくなければ、膝から上は既に人間の形をしていなかった。  現実から目を逸らすようにその場で蹲る。頭の中で莉緒が事故にあった瞬間のイメージが映像として流れてきた。  ペダルを漕ぎ始めて数分で紐が車輪に絡まり、交差点を曲がり切れずに横転した所をトラックが莉緒を踏み潰していく映像が。 『危ないので離れてください』という救急隊員の怒号や警官が本部に応援を呼ぶ声が耳に入って来る。集まってきた近所の住人の悲痛な声やスマートフォンで撮影するシャッター音がそれに混じり合い、吐き気を催す騒音へと変貌していく。
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