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「撮るな……妹を撮るなぁ!」
スマートフォンを手にしている群集に向かって僕がそう叫んだ時、その中に一人だけ無表情で立ち尽くしている人間がいる事に気づく。お母さんだ。
お母さんは蝋人形のように感情の無い瞳で変わり果てた莉緒の姿を見つめていた。悲しみも、怒りも、憎しみも、何も感情が無い空虚な状態で立ち尽くしている。
お母さんにとって、莉緒は全てだった。家族を避けるようになった僕や家庭を顧みない父親と違い、何でも嬉しそうに話をしたり、聞いたりしてくれる莉緒の存在が心の拠り所だったのだろう。それが無くなってしまったお母さんに掛ける言葉なんて、何処にもない。
そもそも僕には声を掛ける資格なんて無いのだ。僕は、莉緒を見殺しにしてしまった張本人なのだから。
忘れようとしても一生消えることは無いであろう三ヵ月前の悪夢に魘されて起きると、一階からお母さんの嘔吐する声が聞こえて来た。悪阻というものらしい。
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