中川凌空

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「ごめんね、凌空。ちょっと悪阻が酷くて、お弁当出来てないの……」  ソファに座りながらそう言って、朝の情報番組を虚ろな目で見ている。僕はそんなお母さんに背を向け、菓子パンを適当に食べながらこれから学校で始まる地獄を想像していた。  そう、僕にはお母さんを気にしている余裕なんて無いのだ。高校生になってほんの数ヵ月で始まった地獄。その地獄が全て父のせいで起こっている事を、お母さんはもちろん父も知らない。二人が知った所で、僕の地獄は終わらないが。  テーブルの上に乱雑に積まれた妊婦向けの情報誌を横目に、「行ってくる」と小さく呟き玄関へ向かった。  半時間後、学校に着いた僕は靴箱から上履きを取り出して履き替える。つま先を突っ込んで踵を下ろした瞬間、パキパキという嫌な感触がつま先に広がった。  慌てて脱いで上履きを振りながら足裏を見ると、ゴキブリの死骸がくっついていた。全身に寒気が走ったが、こんな悪戯に使われるゴキブリを不憫に感じてしまう。  今まで様々なパターンの悪戯をされてきたが、上履きに何かを仕掛けるという古典的な悪戯は今日が初めてだった。無視をされたり殴られたりすることに僕が慣れてきたことが面白く無いのだろう。
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