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長男の凌空が降りてくるかと思ったが、階段から響く足音が違う。この足音は妻、彩香のものだ。
彩香は莉緒の葬儀が終わってからほとんどの時間を寝室で過ごすようになった。基本、トイレ以外は出てこない。リビングに来ると莉緒を思い出してしまうからだろう。食事も俺が適当に買ってきたものを寝室の前に置くのが日課になっていた。葬儀が終わってから一週間はほとんど食べられていなかったが、今は少しずつ口に出来るようにはなってきている。
再び莉緒の映像に意識を集中させ始めた時、背後で扉の開く音が鳴った。
振り返ると、肩を震わせながら俯く彩香の姿があった。表情は髪の毛で隠れていて伺うことが出来ない。
「どうした?」
動画を停止させてそう訊ねると、彩香は無言で何かを差し出してきた。はじめはそれが体温計かと思ったが、少し違う。
照明を点ける。風呂にも入っていなかったせいで酷い臭いだ。ボサボサに乱れた髪の隙間から彩香の濁った瞳が見える。
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