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「さあ、皆さんお待たせしました。光雄クッキングの時間でぇーす」
僕の名前は、國安光雄。しがない子役。
光雄クッキングは、教育料理番組。
「ふふっ、あはっははは。今日はね、とっくべつな食材を使うから、僕、とっても上機嫌なんだ!」
あれ、なんかいつもと違うな。
そっか、今、観覧席にお母さんいないのか。
「じゃあ、早速料理し始めよう!」
3台のカメラに集中砲火されている。以前は大砲を向けられているようで苦手だった。今では慣れて、なんてこともない。
「あっ!食材の紹介がまだだったね!今日使うのはコレだよ」
テロップが出るんだろう。実際に見たことは無いから、知らないけど。
「今日はね、僕の作りたい料理を自由に作っていくよ。真似する時は、包丁の扱いに充分に注意して、ひとりでやらないようにしようね」
「まずは、一品目ヒラメのムニエルを作りたいと思いまーす」
また、解体からか……
思えば、今までも魚なら3枚にするところからやらせたりするのがお決まり。本格的過ぎるだろ。
「じゃあ、まずは解体しまーす」
骨とか外すのも煩わしいんだよ。時間かかるし。3分クッキングなら、ハショるよこんなとこ。でも、自分で作るって言っちゃったし作るしかないか……
「次は、中火に熱したフライパンにバターをひきます」
「最後に、焼くだけ。簡単でしょう?」
「あとは、彩りを添えまーす。このソースをかけて完成!」
匂いがキツイな、一回晒した方がよかったかな?いいか、別に。僕が食べるんだし。
「二品目は、ミニストローネを作りまーす」
「まず、野菜を角切りにします。それを、お湯にぶち込んで、ブイヨンを入れて。トマトの水煮を入れて完成です」
「あれ?とろみと、赤みが足りないな、隠し味にそこら辺にあったもの入れちゃお。モモとハツを入れちゃいます。正直なんでもいいです。適度に肉入れちゃってくださーい」
「そして、最後はメインの兜焼きでーす」
「面倒なんで、電子オーブンで丸焼きでーす」
魚の目って凄く栄養あるって言うよね。DHAだか、なんだか。魚以外でもおんなじ栄養素なのかな?
業務用の電子オーブンが鳴る。軽薄なリズムの電子音。
「できました。兜焼きでーす」
俺はオーブンから取り出して皿に盛る。
きれいだな……
今まで見た顔の中で一番美しいよお母さん。
僕はお母さんを愛していた。
勿論、性的な意味でも。
僕はマスターベイションする時も、いつもお母さんのことを思ってやっていた。たまに、お母さんの匂いが染み付いた下着などを嗅ぎながらもしたことがある。それほどにお母さんを溺愛し、依存していた。
家の掃除はいつも僕がやっていた。それは、お母さんの髪の毛がたくさん拾えるからだ。風呂掃除も、トイレ掃除もそうだった。お母さんの髪ならば落ちていようが、排水溝に絡まっていようが関係ない。
でも、決して表にそれを出さなかった。お母さんが愛しているのは子供としての僕であって、男としての僕ではないからだ。それを見せて関係が崩れてしまうのが恐かった。
額にかかっていて、黒くすすのようになって溶けてしまった髪の毛をそっと耳にかけてあげようとする。
しかし、耳は原型を留めておらず、行き場を失った僕の右手は、その手に持っているものを引きちぎる。それを、まるで、落とし蓋に使った後のアルミホイルのように丸めて床に叩きつける。今の髪はキューティクルが全くなくただの、スチールウールのようで僕の心は何も感じなかった。
爛れた顔をまじまじと見る。所々は焦げて、下の方は生焼けだ。焼けてしまったくちびるにそっと接吻をして、黄土色に濁った眼を覗き込む。その目は、生気を感じられない。目にはハイライトが無い。その瞳の奥には、何も映らない。何も反射しない。僕なんて見えていないようだった。
僕は、さっき、優しく唇を合わせたところを大きく口を開いて、今度は噛みちぎった。
生焼けの頬と唇の腐ったゼリーのような食感に眉をひそめた。それでも、咀嚼する。ホルモンのように、グニグニと肉が弾むみ、肉の中に溜まっていた体液がドロドロと口内を覆う。なかなか飲み込めない。でも、喉に詰まろうが僕はその肉を意地でも飲み込んだ。
「不味い。やっぱり、化粧は落とした方が良かったな」
化粧をするときは僕を母親としてではなく子役という商品としての目で見る。あの目は僕を見ているようで全く僕を見ておらず、その視線は僕を貫く汚い欲望の権化だった。あの人は冷たかった。そんなお母さんが大嫌いだった。
僕がお母さんを愛しているようにお母さんも僕を愛して欲しかったのだ。
しかし、そうはならなかった。
だから、僕はお母さんを全肯定するほど溺愛しているのに、頭の片隅に冷め切った狂気の感情がなくならないようになってしまった。
そうだ。お母さんを食べて一体になれば、もう僕だけのものになるではないか……
その考えが、脳みそを凍らせて完全に固まってしまい、それ以外の思考と倫理観は完全に停止した。そして、全ての良心を無視した冷酷な本能に苛まれた僕は残虐な思惑を行動に移したのだ。
まず、カメラマンや、プロデューサー、あとは取り巻きとかを包丁で片付けた。
相手が子供だからと油断してたのか、簡単にできた。
あるいは、初めにひとり片付けた時、みんながパニックになって動けなくなってた。それが良かったのかも知れない。
その光景はとても滑稽だったから、もっとみていたかったのだけれど、女のヒステリックを聞くのは嫌だったからササっとやってしまった。死体は舞台裏に投げ捨てて置いた。
お母さんは、強めの睡眠薬をいつも飲むコーヒーに混ぜておき、楽屋で眠らせておいてあった。その身体を背負い。セットまで歩く。
キッチンにお母さんを置いて、服を切る。そして、拘束具で動けないようにする。
起きていないとつまらないし、何より僕はお母さんの泣き顔が見たい。此処で初めて、僕は自分自身に可逆性の趣味があったのだなと思った。
ボウルに水を並々入れる。それを、お母さんの顔に水をぶちまける。
「み、光雄?」
「やあ、お母さん」
「此処はどこなの」
「セットだよ」
「なんで裸で動けないの私?」
「そんなことはどうでもいいよ」
「よくないわよ。どういうことなの?」
「お母さんもヒステリックになるの?」
「どういう意味」
「もうさっき聞き飽きたんだよね」
「意味がわからないわ」
「お母さんの泣き喚く所は見たいけど、ヒステリックは見たくないだよね。このアンビバレンスな気持ちお母さんなら、わかってくれるよね」
「全然わからないわ」
「なーんだ、お母さんは、僕の最高の理解者だと思ってたのに。残念だよ」
「どうしたのよ光雄。それよりとりなさいこの拘束」
「とるわけないじゃん」
「大人を舐めるんじゃないわよ」
「へー、こんな状態で僕を怒るんだ?」
「怒るわよ。こんなことして怒られないとでも思った?」
「いいよ、もう」
「え?」
僕は、お母さんの左脚の膝蓋骨の上、滑液胞あたりを包丁で切り裂いた。
ぐぢゅぐぢゅと血が滲みでる。重要な血管は切っていないからそんなに血液が出るとは思っていなかったんだけど、案外出てきて驚いた。
包丁を持っていない左手で僕はお母さんの口を塞ぐ。噛まれたら痛いから、ちゃんとマトンをしている。
「ふぐんんっっう」
「痛い?泣きそう?まだ大丈夫そうだね。それじゃあ、今度はどこにしようかな」
僕はピーラーを取り出して、お母さんがいつもそうしているみたいに毛を剃ろうとピーラーを引く。
すると、皮までも剥いでしまって、赤い皮膚が露見して、すぐに赤い液体が滲み出る。
ああ、これが完膚なき迄に叩き潰すってことなのかな!?そのまま、皮を剥ぎ続ける。
「んんんんっぅつつ!!」
「おお、泣きそう。いいね。でも、まだ足りない。何かいいものはないかな?ああ、そうだ。塩があるじゃないか」
僕は調味料棚にあるミルを取り出し、塩をかけて塗り込む。
「これぞ、傷口に塩を塗るだね。どう?どんな感じ?あっ!口塞いだままだった」
あーあ、もう泣いちゃった。でも、その、なんの液体だかもわからない体液で顔をぐしゃぐしゃに濡らして妖艶さも増した顔を見るともっといい顔を見てみたいという好奇心が止まらない。
僕はその涙?鼻水?涎?汗?もう混ざってなんだかよくわからないものを舐める。
「うん。しょっぱいね。でも、なんか化学物質的なものが混じっててあまり美味しくはないね」
「んんんゔゔぅぅんん」
「なに?聞こえないよ」
「んんゔぅぅうんん」
「うるさいな」
僕は口を塞いでいた手を外し、赤黒く煌めく包丁を両手に持ち替えた。
「光雄……なにをする気?」
僕は、第十二肋骨の間、みぞうちの辺りから包丁を立て、一気に子宮あたりまで斬りつける。
「ゔがあぁぁぁぅ!!」
まるで獣のような咆哮に一瞬怯む。しかし、すぐにその耳障りな振動に顔をしかめた。その振動が僕の脳まで響き、僕のほつれていたお母さんへの思いがプツンと音を立てて切れた。
僕はタオルを猿轡にして、口に咥えさせた。
僕は、腸が露わになった人間をまるで、土にまみれ、雨に曝され腐った蝉の死骸を見る様な目で見ていた。
僕は素手で小腸を鷲掴みにし、トイレットペーパーでも、引く様に荒々しくむしりとる。
しかし、小腸はだいぶ長い。引き抜くにはヌルヌルして難しい。僕は面倒になって、一本の小腸をイカリングほどの輪にでもするが如く包丁でズタズタに切り裂いた。
切り刻んでいる間、僕は何も考えず、ただ、鍋の中のスープをかき混ぜるように、人間の内臓をグチャグチャとかき混ぜていた。気づいた時には、本当にスープではないかと思うほどの血液で満たされていた。
「あーあ、やりすぎちゃった……」
人間はもう冷たくなってしまった。僕は猿轡を取りはずした。
僕は悶え苦しんだ皺が刻まれた表情に見惚れていた。僕はこの光景を目の当たりにする為だけに生を与えられたんだと思った。
後の人生なんてどうせ残りカスのようなものだ。それでも、僕は余韻に浸るためにまだやることがある。
誰も見ることのない映像だと分かっていても僕はいつもの張り付いた笑顔で声を張り上げる。
「さあ、皆さんお待たせしました。光雄クッキングの時間でぇーす」
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