1118人が本棚に入れています
本棚に追加
/192ページ
────……
紗香の部屋を飛び出して、蒸し暑い廊下で立ちすくむ。足が進まない。
紗香、絶対に泣いてる。そう思うと胸が痛かった。……違う。紗香が泣いてるのも、泣かせたのもつらいけど、別れるのがつらい。
無理だ。結局、別れる方が無理だ。
──許そう。何でって聞いて、許すからあいつと切ってって言って、サークルも辞めろって言って、紗香が頷いたら全部許そう。
浮気されても、別れたくないと思うくらい好きだった。
それを認めたら、足が勝手に動き出していた。玄関のドアを開ける力加減も出来なかった。バンッとデカイ音が鳴る。靴も蹴り散らかした。
紗香が泣いてる。それが見てると、もう何でも良くなった。
自分の腕に押し込めて、ぎゅうぎゅう抱いた。
「紗香、お願いだから俺のこと好きだって言って。あいつより好きだって言ってくれたら全部受け止めるから」
紗香がビクリと肩を震わせた。全部、知ってる。そう言うつもりだった。紗香は顔を上げると、濡れた目で俺を確認するように見つめた。早く、言ってくれ。祈るような気持ちだった。紗香の目が揺れる。沈黙が、ずいぶんと長く感じた。紗香は、きょと、目を止めるとやっと口を開いた。
「ドイツ?」
──とんだ茶番劇を演じてしまいました。この後のことは、恥ずかしすぎてあんまり覚えていないような、気がします。
だけど、俺は誓って、紗香のことが好きです。ごめんなさい。
最初のコメントを投稿しよう!