vol.1

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──── ── 採用試験の休憩中、人事担当の男性が話しかけてきた。20代後半くらいだろうか。笑顔がとても爽やかな人だった。 「横浜くんさぁ、大手企業にいたのに何で転職しようと思ったの? わざわざ畑違いのうちに」 3年も持たずに何で辞めるのか聞きたいのだとこれも雑談を装った探りだろうと咄嗟に言い淀んでしまった。 「あ、違うよ。これ採用には関係ない。関係あるなら休憩中に聞かないよ。ごめん、僕が話しかけたら休憩にならないね」 悪意のない笑顔を向けられて、いえ、と答えた後で 「じゃあ、僕も正直に言うので秘密にして下さい。僕のが仕事を辞めてくれって言ったんです。その、社内はやりづらいって」 まだ彼女じゃないし、辞めてくれなんて瑞穂さんは言わないだろうけど、俺が出した結論がこれだった。この人に情けないとか、仕事に対する姿勢だとかを咎められたらそれまでだ。それでいいかと思ってしまった。若いから馬鹿だと言われるだろうか。 「そっか」 その人はにっこり笑ってそれだけ言った。 「そんなことって言わないんですか?」 「ん? だって、こんな大手企業にいてノルマがキツイとか人間関係が複雑とかそんな理由じゃなくて辞めるってことは、それが君にとって『そんなこと』じゃないってわかるよ。あ、良い年して『だって』とか言っちゃった」 「良い年って、お若いでしょ?」 「ええ、もう32だよ。この会社では若くないかもね」 マジか!?瑞穂さんと一緒じゃん!ずいぶんと若く見えるな。
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