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誰だったか……。それとも単に誰かに似ているのか。彼女を見てそう思った。
部署も違えば、キャリアも違う。滅多に会わないだろうその人を瑞穂さんだと認識出来たのは、研修の休憩中の廊下でのことだった。
俺を認めると、不自然に顔を逸らした。何なら背を向けた。視線を外すくらいならともかく絶対に顔を見られたくない様な、会社でするには不自然な動きに、逆にその人がその行動をとったせいで気にかかった。静かな廊下で、俺がもう立ち去ったのかと振り向きかけた彼女は、まだそこにいる俺を見ると、素早く壁に向き直った。
何か、したのだろうか、俺は。
「あの……」
「何、でしょうか」
ん?と、思う。お堅い感じの話し方をする人ではあったけれど、新入生の俺によそよそしい敬語を使う必要があるだろうか。
「あの、」
今度は彼女の視界に、自分の顔を入れ込んで声をかけた。見覚え……は、
彼女は一瞬回りを確認すると、ぐいぐいと力強く俺を人気のないところへ押し込むと、パンッと顔の前で両手を合わせると懇願するように言った。
「お願い、誰にも言わないで! 忘れて!」
彼女の形相に、まさか今の今までちゃんと忘れてたなんて言えるわけもなく。もう今日が終わればほぼ会うこともなかったのに。この瞬間に自分でも驚くほどすんなりと彼女の名前が出てきたのだ。
「瑞穂さん……」
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