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「……どうしたの?」
「や、ちょっと顔見に来ただけ。遅いから、帰るわ」
「え、ちょっと、ね、一瞬だけ。入って?
ごめんね、臭いけど」
「いいよ、別に」
ふっちーが中に入ると、バタンと玄関のドアが閉まった。何で一瞬だけって言ったのかふっちーだってわかると思う。でもいくら待っても沈黙が続き、キスしてくれる気配はなかった。ふっちーの目が、私じゃなくて、部屋の方向に向けられていた。
「……何? やっぱり入る?」
「いや、帰る」
「え、じゃあ」
くいっとふっちーのTシャツを引っ張る。背の高いふっちーにキスしてほしい時はいつもこうする。わかってくるくせに、なかなかしてくれない。しばらくして、やっとキスしてくれたと思ったら、すぐに背中を向けてしまった。
「あ、ねえ、誕生日、楽しみにしてるからね! ふっちーは、楽しみ?」
「……ああ」
こっちも向かずにそれだけ言うと出て行ってしまった。バタンとドアが閉まると、ふっちーが廊下を歩く音だけが響く。
着ていたTシャツの胸元をつまむと、鼻を埋めた。……臭い、かな。
会いたかったんじゃないのかな?
別れ話……だったりして?ぶんぶんと首を横に振った。ダメ、考えない。もうすぐ誕生日なんだから。そう思ってんのに、こんな時は嫌なことばっかり考えてしまう。
『ちゃんと好きになったら、私だって絶対に諦めないんだから! 』
菜月ちゃんの言葉は今、関係ないのに、なぜか思い出してしまった。
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