第16話 結婚してください?

1/1
5285人が本棚に入れています
本棚に追加
/41ページ

第16話 結婚してください?

さすがにピーマンばかりで可哀想だったと思い、胸が痛んだ。 でも、これで須山(すやま)さんのお弁当を食べたに違いない。 あのピーマンを親の仇のように嫌っている夏向(かなた)のことだ。 食べずに返ってくる。 そう思っていた――― 「ピーマン食べたの!?」 私の意に反して、お弁当箱にピーマンの欠片一つ残っていなかった。 「そうだよ」 夏向は偉いでしょ、と言わんばかりに得意気な顔をしていた。 「そ、そうなの」 食べてくれたのは嬉しいけど、なぜか私が負けたみたいな気分になるのはなぜなんだろう……。 妙な敗北感を味わいながら、お弁当箱を洗った。 「明日からは普通のお弁当にして大丈夫だよ。電話はこないから」 「どうして、須山さんから電話がかかっていたことを夏向が知ってるの!?」 「会社の通話履歴をのぞいた」 「なにしてるのよ。仕事しなさいよ」 思わず、真顔で言ってしまった。 一緒に仕事をしている皆さんに申し訳ない気持ちになるでしょ! 「してるよ」 そう言った夏向は何か思い出したかのように突然、床に伏せた。 「なにしてるの?カタツムリ?」 夏向が床に丸まっていた。 「違う」 「ダンゴムシ?」 「土下座」 土下座?新しい遊びかと思った。 「結婚してください」 「夏向、熱でもあるの?」 額に手をあてたけど、熱はないみたいだった。 「嘘つき」 なにがよ。誰に言ってるのよ。 少し考えてから夏向は立ち上がり、言った。 「皿洗い手伝うよ」 「終わったわよ。食洗器あるし、二人でわざわざ洗わなくていいわよ」 「じゃあ、掃除」 「ルンバがしてくれたでしょ?クリーンサービスも一週間に二回頼んであるから、綺麗だと思うけど」 「今週、遊びに行く?」 「疲れてるのにいいわよ。寝てたら?」 夏向は悲しい顔をして私を見ていた。 誰に何を吹き込まれたのか、わからないけど、残念なことに全て空振りだった。 「じゃあ。お米を研いでもらうわね」 やる気になっている時がいいチャンスだ。 この機会にご飯くらいは炊けるようになってもらおうと目論(もくろ)んだけれど、すぐに後悔した。 「お米が流れてる!どうして手を添えてるのにお米がこぼれるの!?」 「わからない……」 「優しくって言ったのに!米が割れるでしょ!!」 やっと水を入れるところまでいったのに夏向は適当に水をいれた。 しかも、ぎりぎりまで。 「ここの数字までって言ったわよね?」 「水を入れて置けばなにかは炊けるよ。きっと」 こ、この!! 炊飯器を破壊する気? 私の選びに選んだこの炊飯器。 大事に使ってきた炊飯器。 「夏向!炊飯器にとりあえず、ごめんなさいして!!」 「ご、ごめんなさい」 水を捨てて、適正量にしていると、夏向が不満そうに背後から顔を覗き込んできた。 「俺と炊飯器どっちを愛しているの?」 「炊飯器よ!」 私にキッと睨まれた夏向は肩を落として呟いた。 「………ひどすぎる」 それはこっちのセリフよ! 「全部、自動にすればいいんだ……そうだ…そうしよう」 夏向はしょんぼりして、ブツブツ言いながら去っていった。 悲しい顔してもだめなんだから。 炊飯器を(おびや)かした罪は重いわよ! 無事でよかったわねと思わず、炊飯器を撫でずにはいられなかった――― ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 夏向が大丈夫だと言うので普通のお弁当を作ってあげた。 久しぶりだったから、つい夏向の好きなものばかり入れてしまった。 私も甘いわね…………。 壁に手をつき、自分の甘さを悔いた。 野菜をもっといれるべきだったと。 自分の好きな物ばかりが入ったお弁当の中身を見て夏向は上機嫌で仕事に行った。 昔から夏向の嬉しそうな顔をみるのが好きだった。 夏向があまり笑わない子供だったからかもしれないけど、笑う顔が見たかった。 きっと今も―――そうなのかもしれない。 昨日、『結婚してください』と言われた時は正直言って動揺した。 もう夏向も私もそういう年齢なんだな……。 早いよね。 はぁ、とため息を吐きながら、炊飯器のデザインを見た。 色のサンプルが出来上がってきたので、それを並べて考えていると住吉さんが椅子を寄せてきた。 「昼休みなのに仕事?熱心ね」 「炊飯器のカラーサンプルを早く選ぶように言われてて」 木目(もくめ)調の炊飯器とかどうかなぁ。 炊飯器だけど、キッチンに出しておいても違和感がなくて、おしゃれに見える炊飯器ってどうかなー。 木目と言っても、色は豊富だし、どの木の木目にするか、そのあたりも迷う所ではある。 「ねえねえ、島田さん。この雑誌に出てるのって、島田さんの従兄じゃない?」 「えー?雑誌ですか?」 経済雑誌に時任(ときとう)の社長と夏向が二人並んでインタビューされていた。 「誰?」 「だから、従兄でしょ?」 立派なスーツを着ていたから、わからなかった。 しかも、髪も服装もきちんとしている。 誰にしてもらったんだろう。 知らない人に髪を触られるの嫌いなのに。 「どうしたの?島田さん」 「いえっ!なにもっ!!!」 昨日からおかしい。 夏向のことばかり、考えているような気がする。 「こうやって見ると、島田さんの従兄もイケメンね」 顔は悪くないのよ、顔は。 ただ手がかかるだけで。 「こんな雑誌に載ったら、モテちゃうわね」 「夏向はモテませんよ」 「無理しないでいいのよ?」 「無理って…別に無理してませんから!」 「この雑誌あげるわね」 ぷぷっと住吉さんは笑いながら、雑誌を置いていった。 無愛想な顔で鋭い目をした夏向は私の知らない人だった。 本当に誰―――? 怖くなって、そっと雑誌を閉じた。 私の知らない夏向の顔を見ると落ちつかない気分になるから。
/41ページ

最初のコメントを投稿しよう!