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「あんなやつ、こっちから願い下げだ!」
和也は肩をいからしながら、その電車にとび乗った。もう夜の11時だ。これが最終電車である。和也は悲しいやらうらめしいやらでその心は滅茶苦茶だった。
見てしまったのである。金髪の知らない男と恋人の千佳が楽しそうに歩いているのを。和也は目を疑った。あの千佳が!あの真面目で大人しい清楚な千佳が!いつも不摂生な俺を気遣ってお弁当を俺の分まで作ってくれるあの千佳が……。信じられない。和也は座席に座って顔を覆った。和也は思った。
「もう誰も信じられない」
和也は今まで千佳にしてきた様々な言動を振り返ってみた。が、何も千佳を傷つけるようなことをした覚えはなかった。むしろ和也としては、精一杯愛を注いできたつもりなのだ。何せ、和也にとって千佳は、初めてできた恋人なのだから。
和也は考えた。
「千佳にとって俺は、いったい何だったんだろう。そういえば千佳は俺で何人目なのだろう。彼女は美人だからなあ」
考えれば考えるほど、気持ちは塞ぎ込んでいった。
気がつけば24時10分になっていた。和也はようやく目を覚ました。とうに降りるはずの駅は過ぎている。やっちまった、あまりのショックで寝込んでしまっていたのか、今はどこだろう、と和也は思って、後ろの車窓から外の景色を見たが、もう辺りは真っ暗でよく見えなかった。しかし、うっすら田んぼや林、木造住宅が見えたような気がして、和也は不思議に思った。
「こんな田舎みたいなところがあったか、この大都会に?それに俺以外客がいないみたいだ。いくら終点に近いといったってこんなに乗客がいないことなんてあるか?前後の車両にも誰もいないみたいだし、どうなっているんだ?」
和也は再び腕時計を見た。24時15分。
「そういえばここの終点に着くのって、24時5分じゃなかったか。遅延でもしたのかな」
和也はカバンからスマホを取り出して電源を入れたが、何の反応もない。
「こんな時に電池切れか、この役立たず!……でも、もし遅延ではないとしたら、この電車はいったいどこへ向かっているんだ?」
和也はだんだんと怖くなってきた。心なしか電車の速度もアップしてきているような気がする。電車が風を切る音が聞こえる。心臓の鼓動が高まっていく。和也は我慢ならなくなって、運転士に聞きに行こうと先頭車両に向かった。
先頭車両に到着するまでの間にも一人の人にも出会わなかった。和也の不安はピークに近づいていた。電車のスピードも、もう景色がほとんどかき消されているほどになっていて、立っているだけでも精一杯だった。フラついて、和也は思わず座席に座り込んでしまった。まだ運転席まではずいぶん距離がある。二、三度、
「すいませーん!」
と叫んでみたが、何の反応もない。やはり届かないようだ。がっくりしていると、ガラガラと貫通扉が開く音がした。和也は顔を上げると、驚いた。千佳だ。
「なんでここに……?」
「なんでって……。和也、なんか誤解してるみたいだったから。追いかけてきたの」
「誤解って……、どういうことだよ。こんな遅くに男と町歩いてたらそういうことだと思うだろうが」
「だから、それが誤解なんだってば」
千佳はフラフラしながら和也の隣りに座った。
「和也、明日誕生日でしょ。それ買いに行ってたのよ。あたし、男の人と付き合うのなんて、これが初めてだったから……。一人じゃどんなのがいいか、分からなかった。だからプレゼント選ぶの手伝ってもらってたの」
「で、でも、それならあんな、チャラついた感じのやつに頼まなくてもいいじゃないか」
千佳は、はあーっとため息をついて、
「あれ、私のいとこなの、近所に住んでる。大学入ったら急に髪染めちゃってね。大学デビューってやつ?似合ってないよね」
和也は狐につままれた気分だった。なんだ、千佳は俺のために……。何一人で考え過ぎてんだよ。千佳はそんなやつじゃねえだろうが。恋人のくせにそんなこともわからねえのかよ。恋人失格だな……。ほとほと自分の早合点にあきれ果てた。
「千佳、ごめんな……。俺のためだったのに、勝手に疑って。俺、嫌だったんだ。千佳が俺から離れていくのが……、その……、本気で、好きだから」
和也はあまりの恥ずかしさに下を向いた。それを聞いて千佳は、和也の頭を優しく撫でた。そしてニッと笑うと、
「和也のばーか……、あたしも好きだよ」
和也の目から涙がこぼれた。
「もう24時過ぎてるよね。……はい、お誕生日おめでと」
そういって千佳はピンク色の小袋を和也に手渡した。中を開けると、三日月の形をしたネックレスが二つ入っていた。和也が不思議がっていると、
「このネックレス、片方だけだと三日月だけど、こうしてくっつけると、……ほら、満月の形になるのよ。ペアネックレスってやつ?これをお互い身に着けてデートとかしたら、カップルっぽいかなあ、なんて」
千佳は少し恥ずかしそうにしていた。その姿を見ながら和也は、もう大丈夫だ、と思った。俺たちはもう大丈夫、どんなことがあっても二人でなんとかやっていける、共に歩いて行こう……永遠に……。
和也は千佳の手をギュッと握った。するとその瞬間、電車にものすごい勢いで急ブレーキがかかった。……
「お客さーん、お客さーん。起きてください、もう終点ですよ。お客さーん……」
車掌に揺さぶられて、和也は目を覚ました。
「なんだ、あれは夢か」
和也は急いでカバンを持って電車から降りた。ホームの時計を見ると、時刻は24時5分。確かにここは終点だ。しかし、今そんなことはどうでもよかった。
「千佳に謝らなくちゃ」
その一心で、スマホの電源を入れる。ちゃんとついた。千佳に電話をかける。
プルルルルル、プルルルルル、プルルルルル、カチャ。
「もしもし、千佳?さっきはごめん。感情的になっちゃって。千佳の話もちゃんと聞かないで勝手に怒鳴っちゃった。ほんとにごめん。反省してる。俺、愛してるから、千佳のこと。また、近々時間作って、ちゃんと話し合おう。……千佳、聞こえてる?」
「う、うん。聞こえてるよ。うん、話ね、わかった。私も話あるから。うん、じゃあ、そういうことでね、ま、またね……」
ブチッ。ブー、ブー、ブー、ブー……。
「千佳???」
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