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1. 一夜目
その揺れは唐突だった。
部屋のあちこちから、ものが落ちる音、なにかが床にぶつかって割れる音が響いてくる。
体験したことのない大きな地震を、私はひとり、ダイニングテーブルの下でやり過ごし、ただ目を強く瞑って、この揺れの終わりを祈るしかなかった。やがて、永遠にも思える揺れは、数分で止んだが、そのときには、煌々と付いていた電気も消え、窓から見えるはずの街路灯の明かりも消え失せており、世界は暗闇に包まれていた。
我に返れば、床に転がったスマホが忙しく点滅している。夫からの着信だ。結婚21年目。甘い時期はとうに超え、ここ数年はすれ違いが目立つようになった冷えた関係とはいえ、伴侶の安否が気になるのは、人間としては真っ当なところだろう。私はまだ動悸が収まらぬまま、急いで電話に出た。
「あなた、無事だった……!」
ざわざわとした雑音の向こうから、夫の声が聞こてくる。
「お前も大丈夫か? ああ、俺は今、庁舎にいる。無事だ。ただ……」
「……ただ?」
「ただ、知人が困ってるんだ。電車が不通で、家に帰れないって。たまたま、うちの最寄り駅にいるんだ」
知人? 思わぬ単語が出てきて私は困惑する。この人は何の話をしに電話してきたのだろう。私の無事を確かめるためだけではないのか。
「え? 誰? 私の知っている人?」
「いや……お前は知らない人。でも、ほっとけないから、家に泊めてやってくれないか」
その夫の声に、私は唖然となった。
「え? そんな、まったく知らない人を、家になんて……!」
「そんな非人道的なこと、言っている場合じゃ無いだろう、非常時だよ、今は。頼むよ。あ、俺は庁舎に当分泊まり込みになるから」
そこで、電話は慌ただしく切れた。私は、反論と抗議を述べようとしたが、もう、それからは何度かけても、通話が混雑しているらしく、それ以降は通話も、メールの送受信もできやしない。
「……もう、いったい誰よ、こんな時とはいえ……」
やがて、途方に暮れてスマホを操る私の耳に、ドアホンのチャイムが響いた。
私は慌ててモニターに駆け寄り、その「知人」の姿を見……そして息をのんだ。
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