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映っていたのは若い女性の姿だったのだ。肩までの黒髪に眼鏡、水色のブラウスにベージュのプリーツスカート。見た目は20代後半くらいだろうか。そりゃあ、知人とは言え、夫が私とまったく面識のない大の男を家に招くとは、非常時とはいえ思わなかったけど。それにしても、うら若い女とは。
そして当然のことながら、疑念が私の頭に渦巻く。この女と主人は、いったい、どういう関係なんだろう。
「……あの、ご主人からお話しがあったかと……。お世話になります。大木香菜といいます」
……そうこうしているうちに、続いてか細い声がモニターから響く。私は混乱しながらも、ドアを開けざるを得なかった。
「ご飯が炊きたてで良かったわ。おかずは昨日の残りの、冷えた唐揚げくらいしかないけど」
私と香菜は、懐中電灯が照らす仄暗いリビングで、質素な夕食を前に向き合った。停電はまだ復旧しないが、今日が、暖房も冷房もことさらに必要としない初夏の夜であることに、私は神に感謝する思いだった。
しばらく香菜と私は黙々と暗がりの中で食事を摂り続ける。不自然な沈黙に咀嚼の音だけが重なる。……最初にその雰囲気に折れたのは私だった。私は香菜に何か話しかけようと思案した。とはいえ、当然というべきか、共通の話題は夫のことしかない。
「夫とは、どういうお知り合い?」
「大学のサークルのOBとしてご主人のことは知りました…・…」
「サークルって?」
「あ、ブンケンです」
「ああ、文学研究会、ね。あの良く分からない活動内容のね」
そしてまた、沈黙が続く。……私は思い切って、カマを掛けることにした。
「夫とは、寝たの?」
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