1. 一夜目

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 ……数分にも渡って黙りこくった後、香菜は観念したかのように、聞こえるか聞こえないかほどの小声で、呟いた。 「はい、3回ほど」 「いつから」 「1年半くらい、前、です」  ……これは、目の前の彼女に、この泥棒猫、とでも、罵声を浴びせるシーンなのだろうか。だが、私の心中は自分でも驚くほど冷静で、そういう気にもならない。ああ、やっぱり。そんな諦観だけが心を満たしている。  なので、私は、質問の続きを淡々と続けることにした。 「どこで」 「……車の中と、ラブホテルで」 「どうだった?」 「え?」  香菜が戸惑うような表情でこちらを見るのが、ほのかな光の中に浮かび上がる。私は構わず唐揚げをぱくつきながら、語を継いだ。 「夫とのセックスは、良かったか、聞いてるの」  そう言いながら香菜の顔つきを伺うと、彼女はどうやら赤面しているようだ。私は、かわいいものね、と心の中で呟く。  やがて彼女は絞り出すような声音で、言った。 「……意地悪言わないでください」  そうか、こういう時のこのような質問を意地悪というのか。  私はこの状況に愉悦を感じてしまって、サディスティックな気分のまま調子に乗ることにした。 「そのくらい、聞いて良い立場だと思うのよ、私。違う?」  すると香菜は箸を止めたまま、呟く。相変わらず頬を赤らめた様子で。 「……良かったです」 「どんなふうに」 「……あんなに、気持ちよかったの、生まれて初めて」 「ふーん。それは何より」  私と夫とはセックスレスになって、既に5年が経つ。そんななか、こんな若い娘と関係を持っていたなんて。私は夫の無分別さと自分の鈍感さに呆れて、そう呟くしかなかった。 「なんだか……尋問みたいですね」 「あたりまえよ」  さりげなく答える私の顔から香菜は目を避けていたが、頭を下げながら詫びた。 「……奥さんに、申し訳ないことをしていたのは、分かっています。でも、もう終わった関係ですから」  私はその台詞に、思わず笑ってしまった。彼女を蔑むように。自らの余裕を見せつけるように。  ……いや、笑うしかなかったのだ。私の優位を証明してみせる為には、その時は、笑うしか。
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