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ささやかな夕飯が終わっても停電は続き、そして余震も断続的に部屋を揺らす。
私たちは早々に眠ることにした。ほんとうは、香菜とは部屋を分けていたいところだが、あいにく我が家はリビングとダイニング一体型、そこにひとつ寝室がついただけの2DKのマンションである。寝室は、夫の書棚が倒れてとても入れる状況ではないし、そもそも、元、が付くとはいえ、愛人を寝室になど通したくない。
というわけで、私たちはリビングに2人並んで、タオルケットにくるまった。
香菜がタオルケットのなかでもぞもぞと身体を動かす気配がする。このような状況下、お互い、あっさりと寝付くほうが不自然というものだ。
私は、先程からの心持ちを引きずったまま、暗い天井を見ながら、香奈に話しかける。
「デートはどこへ?」
「大体は、近場ですけど……あ、三浦半島に、桜を見に行きました」
「そこ、私との思い出の地よ。私との初めてのデートがそこだった」
「そうなんですね……」
やがて、微かに、香菜のすすり泣く声が、闇に紛れて聞こえてきた。
私は、聞こえないふりをして、タオルケットをたぐり寄せつつ、寝返りを打った。
その間も、余震は続く。その度に、この揺れはまるで私の心のようだと、いささか暢気に私は思いを巡らす。
この隣に寝ている女が憎くないはずは無い。なのに。今がまるで、ふわふわとした夢の中の出来事のようで、実感がわかない。ましてや、子どもに恵まれていたら娘のような歳の、女に、夫を取られていたなど。
……マンションのどこかの部屋から、震源地近くの被災状況を声高に告げるラジオニュースの音声が、夜の静寂に一晩中響き渡っていた。
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