安請の日記

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安請の日記

「二人はどんなことを話していたかわかりませんか。何か安請さんが残しているもので、それがわかる物はありませんか」 「そやね。あの子は天文学者になりたいゆうてたので、いろんな事をきちんと記録してました。何か残っていると思うけど、私にはわからへんのでよかったら探してくれる」俺達はこの言葉を待っていた。五人は顔を見合わせて軽く頷いた。  お礼を言って部屋の中を探すことにした。母親は下にいるので終わったら言ってねと下りて行った。 「それじゃ、手分けして探そう。見落としをしないように、二人一組になって調べよう。手がかりになりそうな物はこのアルバムの横に並べる。いいか」  慎介と遥加、拓之と俺が組になった。夏希は見つかった物に目を通し、大事なところに付箋をつける役をするという。付箋は先ほど机の上をいじくっていた時に見つけていたものだ。夏希のこんなところはちょっと怖い。  約二時間、俺達は部屋中を隈なく調べ尽くした。アルバムの横に並べられた物は、写真が五枚、福利君の書付のコピーが一枚、安請さんの日記一冊これだけだった。写真のうちの二枚には安請さんと福利君が写っていた。福利君はあの人の好いお父さんとそっくりだ。残りの二枚には三人、一枚には四人が写っていた。  俺たちは下に降りて行って、母親に見つかったものを報告し、それらをしばらく貸してほしいと願い出た。そして、写真に写っていた福利君と安請さん以外の二人について尋ねてみた。  母親はそれを見て、三人写っている写真の一人は伊藤玄理(はるさと)さんだと教えてくれた。しかし、四人写っているもう一人は知らないという。  伊藤玄理という人は、途中から福利君と安請さんの仲間に加わったそうで、彼も行方不明となっているらしい。ちょっと待ってといって住所録を見てくれた。大津市本堅田一丁目十九の五とわかった。  俺達は礼を言って玄関を出ると、左手の庭で父親が植木に水をやっていた。俺達を見てはいなかったが気づいているはずだ。先日のことで顔を合わせずらいのだろう。俺はきっと探し出しますからと無言で一礼をして小林家を後にした。  次の日、五人は朝から俺の部屋に集合して、預かった安請さんの日記を調べることにした。 「一冊しかないから夏希に読んでもらう。質問があればその都度、出すということでいいか」 皆は了解したので、夏希は日記をめくり始めた。しばらくすると読み始める箇所が決まったようだ。 「二〇一二年五月一日、新鞍福利という中学生が図書館で調べものをしているのに出会った。古ぼけた紙に星の名前が書かれていたので、声をかけた。話しを聞くと、この書付は鞍家に先祖代々伝わるもので、どんな意味があるのか全くわからないという。私は織女、牽牛、天津はそれぞれベガ、アルタイル、デネブという星の中国名だと教えてあげた。福利君はそれらの星の名前が書かれた書付の意味を知りたいので教えてほしいという。書付の意味は分からなかったが、織女と牽牛は日本では七夕伝説になっている星だと説明をしてあげた」 すぐに三つが星の名前だとわかるのは、さすがに天文オタクだなと慎介が感心している。 「五月三日、図書館に行くと福利君がいた。書付の意味を一緒に考えてもらえないかという。私も興味があったので引き受けた。福利君は両親は中国人で先祖代々の言い伝えで日本に来たが、書付は読めないという。日本で生まれ育った福利君しか読めないという謎は確かにおもしろい。午後、科学館のプラネタリウムに福利君を連れて行ってあげた。そこで、織女と牽牛がどれか教えてやった。夏の大三角の形と書付の図が似ていることも分かったようだ」 「やはり、夏の大三角と図の関係を見抜いていたようだね」拓之が口をはさんだ。 「五月四日、福利君と図書館で待ち合わせをして、残りの鞍について一緒に調べる。しかし、いくら調べても鞍という星は見つからない。私は福利君の苗字の鞍じゃないのかと冗談半分で言った」 「そうだよね。単純に考えれば新鞍の鞍だよね」遥加がつぶやいた。 「五月五日、福利君を村の祭りに連れて行ってやった。餅や巻きずしを食べるのは初めてだったらしい。親父やおふくろも久しぶりに楽しい祭りだと喜んでいた。引きこもりの私のせいだと分かっている。福利君を家に送っていく途中で(よし)ちゃんと出会う。金を貸してくれというので千円を貸す。多分返してくれないだろう」  昼になったので一旦解散し、午後にまた集合することにした。  昼食を食べている時、めずらしく兄が話しかけてきた。 「仲間が集まって何をやってるんだ。模擬テストの準備でもなさそうだが」  そうだ、俺達は三年で進路の心配もしなければいけないこの時期に何をしてるんだ。しかし、夏希の思いもわかる。この問題が解決しなければテスト勉強に集中などできるはずがない。何とか早く決着したい。そう考えると兄にはこのことを話しておいた方がいいと思った。 「兄貴、実は……」これまでのいきさつを全部説明した。  兄は困ったことがあれば相談しろと言って二階に上がって行った。  一時過ぎ、話し合いを再開した。今度は慎介が日記を読むという。 「五月七日、家で書付について二人で考えた。   日没する処より日出ずる処に至るつつがあり これについて思い浮かぶのは、聖徳太子が遣隋使の小野妹子に持たせたという国書の文章に似ていること。左の図は琵琶湖のようだ。くびれたところの直線は琵琶湖大橋のようだが、福利君の先祖が書いたのだとすると謎だ。その横の夏の大三角の図と鞍の関係。手がかりがつかめない」 俺達と同じだ。二人も謎にぶち当たって困っている。 「五月八日、福利君は学校へ行っているので今日は一人で考えてみた。最初に図書館でこの書付を見た時、福利君は織女、牽牛、天津が星の名前だと知らなかった。それで彼は地名辞典を出して一生懸命調べていた。私は星の名前だと知っていたので、星座だと思い込んでいたのではないだろうか。琵琶湖らしい絵がかかれているのだから、この四つの点も福利君のように地図の一部だと考えたらどうだろう」 そうだ。俺も最初は地図だと思っていたのに、星の名前だと分かってからは地図に見えなくなっていた。原点に戻れということか。 「気になるのは、絵が琵琶湖だとするとくびれたところにひかれた直線だ。もし、これが琵琶湖大橋だとするとなぜ左に長く伸ばしてあるのか。これも地図だと考えると、確かに琵琶湖大橋から伸びた国道四七七号線のようだ。図形の鞍の下までわざわざ伸ばしているのは、これらが国道四七七号線より上、つまり北にあることを示しているのではないだろうか。よし、今度は福利君と一緒に地名で探してみよう」 「ええっ。やっぱり地名なの」夏希が大きな声をあげた。俺は思わず人差し指を口に当てて夏希を制した。 「五月十四日、二人で今度は県立図書館に行き、織女・牽牛・天津・鞍が地名として使われたことがあるか調べてみたが、全く手がかりはなし。司書の人にも相談したが、わからないという。駅前でまた芳ちゃんと出会う。金を貸してくれと言うが、今日はないと断る。二人で何をしているのかとしつこく聞くので、図書館へ古い地名を調べに行ったがわからなかったと教える。すると芳ちゃんは、歴史学者を知っているので紹介してやっても良いと意外なことを言った。昔からいい加減な奴だが、同級生なので無視することもできず、紹介してほしいと頼む。芳ちゃんは後で連絡するといってすぐ横のパチンコ店に入って行った」 「芳ちゃんで一体誰なんだ。同級生だと言っているが」拓之が聞く。 「写真に写っていたもう一人じゃないの」遥加が答える。 「同級生なら、小林のおばさんが知らないって言わないだろう」 「そうだよな。話しが繋がってきたように見えたが、まだまだピースが足りないな」 拓之がVサインをしている。 「拓之、それとは意味が違う」さすがに声に出して言わなかったが、この男どこまで本気なのか冗談なのか推し量れない。 「五月十五日の朝、芳ちゃんから電話があった。歴史学者を紹介するから十時にゲームセンターKの前にあるファーストフード店に来いという。福利君と一緒に行くと芳ちゃんの横に長身でスーツ姿のサラリーマン風の男が座っていた。歳は私とそう変わらないようだ。福利君が書付を見せると彼の顔つきが変わった。自分がこれまで研究してきた証拠になるかもしれないのでぜひ協力させてほしいという。芳ちゃんとどんな関係か気になるが、とりあえず次の土曜日に図書館で会う約束をして別れた」
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