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古い書付
「中学生になって、大人の人と話をするようになったというのはなぜですか」
俺にすべてを任せたはずの夏希が口をはさんできた。いやな予感がする。
「私たちがぁ日本に来たのわぁ、先祖代々の言い伝えを守るためですぅ」
そう言うと、父親は隣の部屋から竹の束と木箱を持ってきた。
竹の束を広げるとすだれのようになっていて、一本一本に文字が書いてある。後で知ったことだが、これは古代中国で紙のかわりに使われていた竹簡だった。
「この竹にぃ『一九九三年、日本に行け』と書いてありますぅ。しかし、一九四五年になるまでぇ代々の鞍家の者は、誰もぉこの意味がわからなかったですぅ。それまでは中国ではぁ元号が使われてましてぇ、一九九三年という年がぁいつなのか見当もつかなかったのですぅ。一九四五年になって、中国でもぅ西暦を使うようになってぇ、初めてその時から四十八年後のことだとわかったってぇ、私の父親が言ってましたぁ」
「ご先祖の言い伝えはそれだけですか」今度は遥加が聞いた。
もう、俺が穏便に済まそうなどと思っても無理なようだ。みんなの好奇心に火がついてしまった。
「いえぇ、それだけではぁありません。二〇一二年にぃ息子にこの箱を渡せとぅ書いてありましたぁ」
そう言って父親は木箱を俺たちの前に差し出した。父親が蓋を取ると、中に八つ折にされた紙が入っている。
「見せてもらってもいいですか」
「はいどうぞぅ、見てくださいぃ」
俺はその紙を取り出して広げた。
日没する処より日出ずる処に至るつつがあり
「日本語ですね。私にも読めます」
「そうなんですぅ。しかし、私たちには読めません」
鞍家の先祖代々より伝えられた物なのに、中国人には読めなくて俺達、日本人に読めるなんておかしなことだ。もっとも、俺には読めるだけで意味はさっぱり分からない。
この文章の左に絵と図形のようなものが書かれている。
絵は琵琶湖のようだ。楽器の琵琶を逆さにしたような形がそこに描かれている。さらに、細くくびれたところに横線が引かれている。琵琶湖大橋のようだ。しかし、昔の書付に琵琶湖大橋が書かれているはずがない。
その絵の左にある図形には四つの点があり、左上から女織、左下は津天、右下は鞍、右上は牛牽と名前がつけられて四角形を作っている。牛牽と鞍の間に線が引かれており四等分されている。鞍と津天の間も同様に四等分、牛牽と津天の間は五等分されている。その一つ分の間隔は全部等しい。さらに、牛牽と津天を中心に鞍を通る二つの円が描かれ、その交点に女織の点がある。
「女織、牛牽ってどこかで見たことがあると思ったら、織女、牽牛じゃないのか」と慎介が言った。
「昔は文字を右から左に書いていたんだ。織姫と彦星のことだよ」
慎介の父親は高校で地学の教師をしており、慎介も天文オタクである。星にはくわしい。
「あぁ、あの七夕の星か」そうすると津天は天津か。
「二つは星の名で、なぜ一つは天津飯なんだ」拓之が浮かぶのは食い物だけだ。慎介を見ると黙っている。
「天津も星じゃないのか」と聞いてみたが、慎介はわからないと言う。
「お父さん、福利君はこの書付をみてどうしたのですか」
「文字は読めましたがぁ、意味は全然わからないと言ってましたぁ。それからあちこち調べ回っていたようですぅ」
「この書付をしばらくお借りできませんか。俺たちも福利君が何を調べていたか、後をたどってみたいと思います」
「わかりましたぁ。よろしくお願いしますぅ」
書付は俺が預かることにした。新鞍さんの家を出た後、四人はそれぞれ書付をメモし、次に集まるまでに意味を考えておく約束をして別れた。
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