夏の大三角

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夏の大三角

 今日は土曜日、朝から小雨が降っている。俺はこの数日間、書付について考え続けた。 「中国で先祖代々受け継がれてきた箱の中に、琵琶湖と思われる絵と日本語が書かれた書付があった。どう考えてもおかしい。中身がすり替えられたのだろうか。しかし、そんなことをしても何の意味もない」  八時を過ぎた頃、四人がやって来た。今日は兄も部屋にいるので、さらに声を小さくするように注意する。 「僕が調べたことから話そう」と慎介が切り出した。  慎介は天文オタクなので織女・牽牛は星の名前だといっていたが、他に何か分かったことがあったのか。 「織女は織姫星、牽牛は彦星のことで、七夕の星だということは間違いない。そこで天津と鞍も星の名前ではないかと思って調べてみたんだ。天津は中国では天津四と書いて、はくちょう座のデネブのことだとわかった。しかし、鞍はいくら探してもわからなかった」 わからないと言いながら、慎介は興奮気味で説明を続けた。 「そして、西洋では織女はこと座のベガ、牽牛はわし座のアルタイルと呼んでいて、はくちょう座のデネブと合わせると『夏の大三角』をつくる星なんだ。 しかも、この『夏の大三角』は書付の図形のように並んでいるんだ」 四人は頷きあってお互いを見た。慎介の言うように三つの星が並んだ図に間違いないだろう。  次に俺が説明を始めた。 「書付の文章なんだが、日本史で習ったのを覚えているだろう。飛鳥時代に聖徳太子が小野妹子を隋に派遣したとき、持たせた国書に『日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す。(つつが)無しや』と書かれていたといわれている。これによく似ているんだ。『日没する処より日出る処に至るつつがあり』が」 「本当ね。それならこの書付は七夕、夏の大三角、聖徳太子、小野妹子が関係した書付ということね」夏希は自分に言い聞かせるように呟いた。 「それなら鞍は何だい?」と拓之が聞く。 せっかく鞍を除いて「夏の大三角」で納得したのに、こいつはまた引っ掻き回しやがる。とんでもない奴だ。 「夏の大三角だとすると、鞍の位置にある星はない。実際はあるのかもしれないが、僕たちの目で見える星はない」と慎介が答える。 「慎介は天文オタクだから、これだけの事が分かったけれど、福利君が当時自分一人でこれだけのことが分かったはずがない。きっと、天文に詳しい人に聞いたんじゃないか。それがつき合っていたという、二十代から三十代の大人だったんじゃないのかな。慎介、天文に詳しい人はこの辺りにいないのか」 「昔、中村に中村(かなめ)という天文学者がいたんだけど、今そんな人がいるのか調べてみないとわからないな」 「中村に中村か」拓之がおどけたように茶々を入れる。 「帰って親父に聞いてみるよ」  慎介の父親の専門分野だから、心当たりがあるかもしれない。 「慎介、ついでにお父さんにこの図形も見てもらったらどう。円や直線の意味が分かるかもしれないよ」と夏希が付け加えた。俺は少し、丸投げしすぎではないかと言おうとしたが言えなかった。
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