夏希の心配

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夏希の心配

智弘(ともひろ)、ちょっといい」 声をかけてきたのはクラス委員になったばかりの田中夏希(なつき)だった。父親が警察官で正義感が人一倍強い。信望が厚くクラス委員に選ばれたのだが、そのしっかり者の夏希がなぜか俺を頼りにしている。  俺は大野智弘、仲間からは次男(つぐお)と呼ばれている。何をやっても万年二位だから。家でも次男。優秀な兄がいる。最近では女子も俺のことを次男と呼ぶようになったが、夏希だけは必ず智弘と呼ぶ。 「新鞍福利(にいくらふくとし)って知ってる?」 「誰だよ、それは」 「出席簿の一番最後に載ってるんだけど。転校生かな」 「そうだろ。聞いたことないや」  次の日も、その次の日も、その転校生は来なかった。そもそも担任の佐々木先生が出席を取る時、新鞍を一度も呼ばない。几帳面な夏希は気になって仕方がないので、担任に尋ねた。 「実は私もどんな生徒か知らないんだ。何でも、六年前から行方不明らしいよ」  もう少しくわしく調べてもらうと、彼は六年前中学一年として入学はしたらしい。ところが八月に入って両親が行方不明届けを出したが見つからなかったそうだ。  学校はそのまま学年を上げてきたが、中学三年になって卒業させるわけにはいかないので、それからずっと三年在籍のままになっているという。  夏希は警察官の父親にも聞いたらしい。くわしいことは言えないがといって次のことを話してくれたそうだ。 「行方不明になったのは二〇一二年七月三十一日。大事な用事を済ませてくるといって出かけたらしい。夜になっても帰ってこなかったが、二、三日家を空けることはこれまでもあったので、行方不明届は八月四日に出された」  夏希は納得がいかない。 「こんな田舎だよ。六年間、この人の情報が何も出てこないなんておかしいよ。智弘、手伝ってよ」 「手伝うって何を」 「新鞍福利という人を探すのよ」  夏希とは幼友達で、これまでも何度か彼女の頼みごとを聞いてやった。ある時、比良山に水晶を取りに行こうと無理やり誘われ、途中で道に迷い落石事故にあい腕に怪我をした。今もその傷が残っている。下山途中、「助けてくれ」と言う、うめき声が聞え、谷川に倒れていた男の人を見つけ麓まで運んだ。  また、スキーに行こうと誘われ、ロッジで昼食を取っていた時、スキー泥棒に気がつき後をつけてバスに乗り込んだところを警察に連絡して捕まえてもらったこともある。  今回もきっと厄介なことが起こるに違いない。
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