来世で彼と出逢わせてください

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会いたいと思われても。 会いたいと思っても。 逢えない人はいる。 雨が地面を叩きつける音がいやに耳を触る。 窮屈なのは耳に触る音のせいか、それともこの部屋の空気のせいか。 「何か言い訳することはあるか?」 自分の父である男はそう聞く。 「いいえ」 と、首を振る。 男の顔がどんどん歪んでいく。 いつものようにこの屋敷すら震わすような大声が室内に響く。 もうこの声に怯える心は、私にはもうない。 この家に産まれ、優しい母が死に、父が再婚相手を連れてきて、その再婚相手が妊娠して、異母妹が現れた日。 私の居場所はもうどこにもなかった。 母は私を産んだせいで亡くなった。 父は私を恨んで、憎しみ続けた。 再婚相手がこの家に来た時に、自分を助けてくれる人が現れたと縋ったが、再婚相手は権力を好む女性だと知って、その望みは潰えた。 今、父の隣で袖元で顔を隠し、動揺を露わにしてる女の顔は容易に想像できる。 前妻の産んだ子供がやっと消えてくれる。 これで自分の娘がこの家の全てを手に入れる。 その母である自分が全てを掌握できる。 業が深い者の考えは透けて見える。 「お前に全てを用意してやったんだぞ」 男は嘆くように言う。 「名声も富も持つ家との婚姻をお前にくれてやったのに、お前は何処の馬の骨かも分からぬ男と…」 どこの馬の骨かも分からぬ男ではありません。 彼は旅商人です。 旅をするついでに絵も描いています。 商品よりも絵のほうが売れるんだと、照れながら話す可愛らしい人です。 もちろんそんなことをこの男や女に話す気はない。 ああ、もういい。 耳障りな恨み言も説教も聞きたくない。 早くこの首を刎ねてほしい。 私の処分が下ったのは、つい2日前のこと。 初夜の時に、それは発覚した。 先方は激怒していた。 名家に産まれた令嬢だと言うのに、とんだアバズレであったと。 ぎゃーぎゃーと。 もうそれはそれは五月蝿い声をあげて。 男と女はすぐに謝りに飛んできた。 私を座敷牢に入れて、何度も鞭で叩きつけた。 鋭い痛みが走っても、私は大丈夫。 あの人を思い出せば、痛みはなくなる。 いつも通り父に怒鳴られて、義母に嘲笑されて、私は行く当てもなく街へ出た。 結婚も決まり、このままずっと籠の中で生きるのかとため息をついていた時に、元気のいいあの人の声が耳に触れた。 「なんだ、暗い顔をして!ほら、俺の笑顔を見ろ!知ってるか?笑顔は伝染するんだぜ!」 にかっと快活に笑うあの人を見て、怒りに近い感情を抱いた。 あなたは幸せな家庭で育ったのね、笑う大切さを知ってる人に育てられて。 気に障ったが、あまりにも晴々とした笑顔に毒気が抜かれて、あの人が店を開けている場所に座り込んだ。 店といっても、風呂敷の上にいくつかの商品をのせているだけの簡素なお店だ。 陽気な声で客足を止めようとするあの人を横目で見ながら1日を過ごすことが、いつからか日課のようになっていた。 そのうちに互いの話をするようになった。 自分の父である男の横暴さを話した際には、あの人は共感を示してくれた。 「俺の親父も最低だったから分かるよ。借金つくるわ、酒飲みだわ、挙げ句の果てに母ちゃんを殺すし」 一瞬、時間が止まったような気がした。 「でも俺は、母ちゃんに教わったんだ。辛いことがいくらあっても、歯を食いしばって笑えば、やな事ばっかする神様も呆れて、良いことを運んでくれるってな。」 だから、お前も笑えよ。 な? と、あの人は笑う。 不思議とあの人を思い出すと口角が上がる。 でも、あの人を思い出すと、辛い。 町外れの寂れた家で、あの人と愛を確かめ合ったあの日。 全てが終わった時に、あの人は一緒に旅をしようと言ってくれた。 嬉しかった。 でも、もうこれ以上、私の大切なものをあいつらに壊されるわけにはいかない。 私はその申し出を嘲笑った。 「貧乏人が何を言ってるの?興味本位で付き合ってあげただけよ?くだらない絵ばかり描いてる男より金を持ってる男のほうが良いに決まってるじゃない」 その時のあの人の顔を思い出すと、鞭で叩かれる痛みよりも鋭い痛みが心に走る。 「旦那様、支度が整いました」 その声とともに私は立ち上がる。 やっとこれで終わる。 気付くと、雨は上がっていた。 晴々とした空が見える。 笑え! あの人の声が聞こえる気がする。 空を見上げながら、 震える口角を必死に持ち上げた。 見ていますか、神様。
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