フレンドリスト 「椎名 藤という男」

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「教授の名前は?」 「敦賀(つるが)」 「ああ、あいつか」 敦賀はサークル内でも有名な教授だった。 主に女の話題になるその男は、若くして教授職まで上り詰めた成功した人間だ。朝佳がゼミの履修先にその男の研究室を選んだ理由は定かではないが、一部の女が騒いでいるような理由ではない事だけ確かだ。 「俺が代わりに行く」 「何言って」 「渡すだけ渡してくる。それでいいだろ」 ついでに朝佳が食べられそうな流動食を買って帰ってくる。それだけの作業であれば、1時間で事足りるだろう。 口に出せば、朝佳はますます拒否するだろうから、肺の底に言葉を隠した。 案の定顔を顰めた朝佳が首を横に振る。ノーを示している顔に笑いながら額に張り付いた髪を撫でると、朝佳は呼吸を止めていた。 ああ、また、無意識に触ってしまっている。 俺は本当に忍耐力のない男だ。これ以上二人でいると、ますますボロが出そうだ。それだけは避けたいと思う。 「レポートは」 問いかけても答える気のないらしい朝佳にまたため息がこぼれる。さっきの荷物の中には無かったから、もしかすると洋服が入っているらしい袋の中なのかもしれない。 勝手に探し当ててやろうかとも思うが、それをやれば確実に朝佳が離れていく自覚があって、行動できずにいる。愚かな男だ。
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