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藤は俺の反応にもう一度笑いながら、腕に巻かれた時計を確認していた。俺もそれに合わせるように自分の時計を確認して、壊れていたことをまた思い出した。
何時なのだろうか。藤の表情からは何も読み取れない。
「今度、一緒にライブでも行かない?」
そうして問いかけられたセリフも、俺にとっては全く脈絡のない言葉だった。
それが藤にとって、どうしようもなく重大な決意であったことなど、俺は気づいていなかった。気が付くのは、いつも直面する瞬間だ。
「ああ……。何のライブ?」
付け足すように言って、藤がゆるく自嘲するのを見た。
「この前CD買ってたじゃん。そのバンドのチケット持ってるから」
「マジ? 全然取れないんじゃねえの?」
「みたいだね」
「俺なんかでいいのか」
「俺は春哉と行きたいかな。ホモじゃないけど」
控えめに笑う藤が、財布の中からチケットを取り出してくる。差し出されたチケットは確かに、よく知ったバンドの名前が印字されている。
随分有名になったから、もう行くこともないだろうと思っていた。それが今更になって行くことになるとは。
藤がそのバンドのファンらしいことも知らなかったし、やはり俺は、周囲に全く興味がないのだろうか。
ぼんやりとチケットを見ながら、少し前に自宅で見た報道を思い出した。
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