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「そういやヴォーカル、ついこの間熱愛報道出てたな。あんま真面目に見てなかったけど」
「ああ……。俺も見た。有名人って大変だよなあ」
同情するように呟いた藤に頷いて、チケットを財布の中にしまった。印字されていた金額を取り出そうとして、藤に止められる。
「それ、貰いものだから、金はいいよ」
「マジ? このバンド転売でクソみてえに高額取引されてんじゃねえの?」
「俺が持ってても仕方ないからって渡された」
「なんだそれ」
不可思議な人間もいるものだ。
藤が笑うのを見て、俺も一緒になって笑った。ライブはちょうど一週間後だ。それまでに、このチケットの価値は何倍まで跳ね上がるのだろう。
どうでもいいことを考えている間にベルが鳴る。音を聞いた藤が「もう行く」と呟いた。俺もそれを聞いて了承を呟く。
思わぬものを手に入れてしまった。
そういえば、藤とライブに行くのは初めてかもしれない。だからと言って何ということはないが、新鮮な気分になるのは、お互いにそこまで干渉し合っていなかったことを指し示しているのかもしれない。
「春哉」
俺の名を、正式な名称で呼ぶ人間は、数少ない。
「あ?」
その中の一人である男は、確かに笑っていた。
「間宮さん、多分俺だったら病院に行きたくないなんて言わなかったよ」
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