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目的地に辿り着いて、掴んでいた腕を放した。
キホは俺の手が離れたのを知って、やっと顔をあげる。その顔が、泣きそうに歪んでいることに初めて気が付いた。
「何、泣きそうな顔してんだ」
「ハルチさんがわるいです」
今日はよく責められる。
唇を噛んで涙をこらえるような仕草にどうしようもなく面倒になるくせに、律儀に手が髪を撫でていた。そこに、あの日、朝佳に感じたような衝動はない。
わかっているくせに、また確認するように同じ行動を繰り返していた。
相手に懇願するように、どうしたらいいかもわからずに、それでも、どうにかして、その頬を拭ってやりたくなるのは、俺の中に、まだ一人しかない。
この先もずっとそれが続いて行くのだとしたら、俺は朝佳を逃した暁には、頭がハゲてしまいそうだ。
夜風にキホの髪が靡く。
駅前のここは常に人でごった返しているから、もしかしたら俺とキホのやり取りを見ている知り合いがいるのかもしれない。その中の誰かに、女を泣かせたと言われそうでまた面倒になった。
面倒なくせに、自分の選択肢の中にキホを置いて帰るという選択がない俺は、また、キホから言わせると狡い人間なのかもしれない。
もう、それでもいいか。
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